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2016/11/05

温もりとエキセントリックな空気が交互に訪れたヤエル・ナイムのステージ。コスモポリタンな感覚に溢れた彼女の世界観を堪能する晩秋の宵

   人懐っこさとエキセントリックな空気が交錯する不思議な音楽――。抱えたギターを静かなアルペジオで爪弾きながら、しっとりした声で歌いだす。そして1曲終わると、おもむろに「トーキョーのみなさん、こんばんは」とポツリ。シックなムード。

 さまざまな人たちが暮らす街=パリのエスプリを感じさせる深いサウンドと歌声。今春、5年ぶりとなる新作『Older』を発表し、聴き手の気持ちを潤わせるハート・ウォーミングなナンバーを届けてくれたヤエル・ナイム。彼女が初めて『ビルボードライブ東京』のステージに上がった。

 ファースト・アルバムからのナンバー「ニュー・ソウル」がMac Book AirのCMに起用され、その涼しげで洒脱な歌声が全世界を魅了したヤエル・ナイム。彼女が紡ぎ出す楽曲は、そのライフ・キャリアが反映された、さまざまな文化の要素が折り重なっている、まさにコスモポリタンな空気を描き出したテクスチャーが特徴的だ。パリに生まれながらも幼少時代をイスラエルで過ごし、フランス語、英語、ヘブライ語を操るヤエルの音楽は、独特のエキゾティシズムと、ナチュラルに国境を越えていく“越境感覚”に満ちている。

 だからだろう。ヤエルの音楽を聴いていると、自然と魂が解放され、澱みがちな心にクリアな風が吹き抜けていく。その自由な感性に満ちたサウンドは、都市生活者のメンタルを浄化してくれそうなほど神聖で、ときにはシュールな雰囲気さえ湛えている。風通しのいい、気分をまっさらにしてくれる歌が、ゆったりと届けられる。観客はみんなくつろいだムードの中で、乾いてしまった花に水が与えられるように彼女の歌を身体に染み込ませ、緩やかに身体を揺らしている。

 前半のハイライトは、新作に収録されている「カワード」。“沈黙の音楽”と言われた晩年のフェデリコ・モンポウを彷彿させるピアノの独奏から、賛美歌にも似た荘厳なムードで引き継がれたこの曲、ヤナルの歌はCDのそれより何倍もエモーショナルだ。そして、内省的で深い響きを聴かせる演奏。

 どこにも所属することができない“エトランジェ感覚”を携えた彼女の歌は、大きな感情の起伏を吐露しながらも、フルートグラスに注がれたシャンパンの泡のように透明で儚い。ときに、マンディ満ちるや初期のスザンヌ・ヴェガを連想させるヤエルの佇まい。

 終盤には、ステージから降りて客席とコール&レスポンスしながら、iPhone6のCMに使われている「ウォーク・ウォーク」を披露。ファンは敏感に反応し、会場には親密な空気が満ちていく。

 そして、アンコールには名刺代わりの1曲である「ニュー・ソウル」。会場全体がヤエルと楽しげにハーモニーし、この日のオーディエンスは1つになった。

 帰宅した今も、僕の部屋には『Older』が流れている。ライブとは若干、雰囲気が異なるほっこりした声と演奏を反芻しながら、飛び切り深い余韻に浸っていた。ヤエル・ナイムのステージは今日(5日)もビルボードライブ東京で観ることができる。とにかく独特で“唯一無二”の世界観を体験できる貴重な機会。ぜひ、堪能してほしい。


◎ヤエル・ナイム公演情報
ビルボードライブ大阪 2016年11月2日(水)
詳細はこちら>
ビルボードライブ東京 2016年11月4日(金)~5日(土)
詳細はこちら>

Photo: Masanori Naruse

Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。ヌーヴォーやノヴェッロ、ホイリゲなど、ヨーロッパ各国の新酒ワインがピークの時季ですが、今年は日本ワインの新酒も試してみて。山梨や長野などを筆頭に、全国のワイナリーから先月の中旬以降、フレッシュな“ヌーヴォー”が続々とリリースされている。近年、クオリティ・アップと共に評価がうなぎ登りの日本ワイン。今年の出来を最初に体験できる新酒は、アルコール度が低めで、まるでグレープ・ジュースのように口当たりがいい。和食などと共にぜひ、今年の新鮮なワインを楽しんでみて!

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