2015/12/07
新国立劇場でヴェルディ最後のオペラである『ファルスタッフ』が開幕した。タイトルロールを歌うのは、イタリア・オペラを中心に世界中活躍するガグニーゼ。初日ではロールデビューとは思えない「ファルスタッフ歌い」振りを披露した。
序曲も前奏曲も無く幕が開くと、そこには大酒飲みの大食漢の老いたファルスタッフ騎士。太鼓腹を愛おしそうに撫でながら「これがあるからこそ、自分は、モテてる」と信じて疑わず、かっぱらいをやったと思しき従者の二人は怒りに満ちた被害者がキャンキャン喚くのをどこ吹く風。追い出す背中に調子っぱずれの「アーメンコーラス」を投げかける…煌びやかで重厚なドラマイメージのある『ヴェルディのオペラ』を想像していると、その混沌とした軽やかさに驚くかもしれない。
台本を書いたのはご存じヴェルディの『オテロ』と同じボーイトだ。オペラ台本には格別厳しく、時間を割いてきたヴェルディが、草稿の段階で賞賛したこの台本は、シェイクスピアの有名な喜劇『ウィンザーの陽気な女房たち』を元に、その他ファルスタッフが登場する『ヘンリー四世』、そして登場しないが言及されている『ヘンリー五世』、そしてダンテやボッカッチョなどからも引用を練り込んだ複雑なテキスト。読み込めば読み込むほど奥深く、そしてそれに呼応したヴェルディの仕掛けも味わい深いものとなっている。
演出のジョナサン・ミラーは、ケンブリッジ大学卒の医学博士でもあり、専門は神経内科。最先端の医学の研究に関心を持ち続けるミラーの科学的な分析力は、人間描写に大きく反映されており、ファルスタッフのような市井の人々の日常的な人間模様を普遍的でかつ細やかなディティールからあぶり出すことに成功している。ミラーは演出について「演出とは、まさに医者の診断と同じです。すなわち人を一分間よく観察し、一見関係なさそうな事柄から、問題がどこにあるのかを突き止めるのです」とインタビューで語っている。
人生を謳歌しアッケラカンといたずらを繰り返す憎めない“悪者”と、屈託無く笑う婦人達の快活な罵詈雑言と臨機応変な機知、偉そうに企んだつもりで企み返され頭をかかえる紳士達と、若く純粋な恋の混じり合う、多層的なアンサンブル。「この世はすべて冗談」と歌い出す幕切れのフーガまで、豪華な歌手陣の描き出す人間模様を存分に堪能して欲しい。text:yokano 撮影:寺司 正彦/提供:新国立劇場
◎公演概要
オペラ『ファルスタッフ』 / ジュゼッペ・ヴェルディ
全3幕〈イタリア語上演 / 字幕付〉
全4公演
2015年12月3日(木)19:00
2015年12月6日(日)14:00
2015年12月9日(水)14:00
2015年12月12日(土)14:00
指揮 イヴ・アベル
演出 ジョナサン・ミラー
出演
ファルスタッフ:ゲオルグ・ガグニー
ゼフォード:マッシモ・カヴァレッティ
フォード夫人アリーチェ:アガ・ミコライ
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