2015/06/08
avex初のアイドル専門レーベル iDOL Streetの第1弾グループにしてトップランカーであるSUPER☆GiRLS。全メンバーの個別インタビュー連載第9回は、グループNo.1の歌唱力でスパガを牽引してきた溝手るかだ。
<「るかちゃんの歌を聴いてスパガのファンになりました」>
5歳の頃からダンサーとしての未来を夢見るも、唐突にボーカリストとしての道を薦められ、気付けばまさかのアイドルデビュー。人生設計の変更を余儀なくされるも、スパガでの活動を通して新たに見つけた夢があった。「人前で歌うことも好きになれたし、それが今では一番の幸せになっていて、シンガーソングライターになりたいっていう夢を持つこともできました。」自分の生きる道を見出した溝手るかは、その卓越した歌唱力の向上と共にメキメキと頭角を現し、今ではiDOL Street全体で見ても一二を争う人気メンバーとなっている。
つい先日、そんな彼女に思いがけないアクシデントが襲い掛かった。「るかちゃんの歌を聴いてスパガのファンになりました」「るかちゃんの歌をずっと聴いていたいです」といったファンの言葉を原動力とし、歌でスパガにおける確固たる立ち位置を確立したメンバーが、その声を失うという現実に直面。デビュー以来最大のピンチを迎えた溝手るかは、そこで何を思い、どのようにして再び声を取り戻したのか。そして、苦しい日々の先に待っていた、涙が出るほど嬉しかったご褒美のような出来事とは? そのボーカル同様、感情豊かに語ってくれた。
◎SUPER☆GiRLS 溝手るかインタビュー
<泣きながら「私、オーディション辞めてもいいですか?」>
--スパガ個別インタビュー、今回は溝手るかさんになります。
溝手るか:「いつ来るかな?」ってずっと緊張してて。メールで送られてきた「明日のスケジュール」に「ビルボード取材」って書いてあったから、「遂に来たー!」と思って。でも前日に知ったので、まだ心の準備が出来てないです(笑)
--スパガにおいてNo.1の歌唱力を誇る溝手るかさん。アイドルとしてだけでなくシンガーとしてプロフェッショナルな印象も強いんですが、歌に目覚めた最初のきっかけは?
溝手るか:歌に目覚めたのは、実は遅くって。5歳の頃からダンスは習っていて、小学校3年生のときにエイベックスの全国オーディションを受けたら合格したんです! ただ、それで合宿へ行ったら、歌わなくちゃいけなくて……。私は人前で歌ったことないし、自信ないし、どうしようか悩んだんですけど、そのときに絢香さんの「愛を歌おう」を歌わせて頂いたら、ダンサー志望だったのに「良いじゃん。ボーカル志望に異動しちゃいなよ」って言われて。そうやってだんだんだんだん自分の歌が評価されていくうちに、「もっと上手くなりたいな」「歌うことって楽しいな」って思うようにはなるんですけど、そしたら今度は「アイドルオーディションを受けて下さい」って言われて。
--ダンサーになるつもりがボーカルを薦められ、最終的にはアイドルへ。
溝手るか:どんどん未知の世界へ(笑)。当然ながらそのときは「アイドルになりたい」と思っていなかったので、二次審査のときかな? 合格発表の前にスタッフさんに泣きながら「私、オーディション辞めてもいいですか?」って言いに行ったんです。歌声もアイドルのイメージからは掛け離れてるし、自分はアイドルに向いてないと思っていたので。
でも、いざスパガのメンバーになったら、歌に対しても、アイドルに対しても意識が変わったんです。ソロパートを頂いて、その歌を褒めて頂いたりして、だんだん「スパガの中で溝手るかは歌のポジションだ」って立ち位置が確立されていって、最初は自信なかったけど、イベントで歌う度にファンの方々から「るかちゃんの歌を聴いてスパガのファンになりました」とか「るかちゃんの歌をずっと聴いていたいです」っていう声を聞いて、自分の歌声も少しずつ好きになれた。人前で歌うことも好きになれたし、それが今では一番の幸せになっていて、シンガーソングライターになりたいっていう夢を持つこともできました。
<私、小室さんの講義を受けに行ったこともあるんです>
--どんな歌に魅了されたり、影響されながら育ってきたんでしょう?
溝手るか:子供の頃から親の影響もあって聴いていたドリカムさんとミスチルさんは、私の中で神様のような存在なんです。ボーカル志望に異動するきっかけとなった絢香さんの曲もたくさん聴くようになりましたし、あとは昔の曲を聴くことが多いです。尾崎豊さんとか、浜田省吾さんとか、スターダストレビューさんとか、安全地帯さんとか……
--完全に親世代のラインナップじゃないですか(笑)
溝手るか:そうした方々の曲が私のiPhoneに入ってるんですけど、親からも「るかって本当に変わってるよね」って言われてます(笑)。でも今って歌謡曲系のポップスがまた流行り始めていますし、昔の音楽は本当に良いんだと思うんですよ。今、私の世代が聴いても、誰がどう聴いても良いと思う曲がたくさんある。飾ってない、ストレートなメロディーと歌詞がすごく響くし、私もそういう音楽が好きなんです。
--スパガでのデビュー後は、様々なアーティストや作家さんが手掛ける楽曲を歌ってきていますよね。その中にはあの小室哲哉さんもいます。誰もが知る稀代の音楽プロデューサーの曲を歌うのはどんな気分でした?
溝手るか:スパガのオーディションのときに「BE WITH YOU」を聴いて「良い曲だな」と思っていたんですけど、最終審査のときに小室さんがいらっしゃって、初めて「BE WITH YOU」が小室さんの書いた曲であることを知らされたんですよ。ビックリ仰天しちゃって! 私、小室さんの講義を受けに行ったこともあるんですけど、小室さんは有名な曲をたくさん手掛けられていて、良い曲ばかり世に出されているじゃないですか。「BE WITH YOU」も本当に良い曲だからファンの方にも人気があって、今もスパガのライブのアンコールと言えばあの曲なんですよ。
「Celebration」も「BE WITH YOU」も歌詞的にはバラードでもおかしくない内容なんですけど、曲調は前向きな感じになっているから、聴く人を感動させつつも笑顔にさせてくれる。なので、機会があったらぜひ小室さんの新曲を歌わせてもらいたいですね、またスパガが歌い続けていける曲を。あと、私も将来的にシンガーソングライターになる夢を持っている以上、小室さんの曲を研究してみたいとも思ってます。
<私にとって「歌うな」っていう言葉は…………>
--あと、溝手さんの最近の印象的な出来事と言えば、歌でスパガを牽引していくメンバーでありながら声が出なくなるアクシデントがありました。
溝手るか:【iDOL Street Carnival 2015 ~GOLDEN PARADE!!!!!~】での出来事だったんですけど、いつもと同じように声が出なくて「おかしいな」って。その後、全く声が出なくなってしまって……そのことを周りのメンバーに伝えたくても声が出ないから伝えられない。自分たちの出番が控えてるのに。それで「ギラギラRevolution」の位置に付くときに、ちょうど前にいたコウメ(渡邉幸愛)に「歌って」っていう一言を何とか搾り出したら、コウメがそれを感じ取ってくれて、代わりに歌ってくれたんです。でもまだイベントは続くから、休憩時間にハチミツレモンやのど飴をお湯で溶かしたものを飲んだりとか、精一杯ケアをして何とかその日は乗り切って。
--でも歌わなきゃいけない場面はその後日もあった訳ですよね?
溝手るか:すぐにツアーのリハが始まりました。で、やっぱり声が出ないから病院に行ったら、ちょうど声帯のすぐ裏側が腫れちゃってて、圧迫されてるから声が出ないことが分かって、「出来るだけ声は出さないようにしてください」って言われたんです。でもそういう訳にはいかないじゃないですか。なので、薬と吸入液を頂いて、家では筆談、リハも声は出さないようにしていたんですけど、ツアー前のイトーヨーカドーさんのイベントで歌ったら、その瞬間に燃え上がるぐらい喉が熱くなって、痛くなっちゃって、思い通りに声も出なくって、次の日のイベントでは「るかは歌うな」って言われたんです。ただ、そうしなきゃいけないって分かってても、私にとって「歌うな」っていう言葉は…………すっごい胸に刺さるっていうか、自分を全否定されたような気持ちになってしまって。もう涙が止まらなかったです。
--そんな状況で迎えたツアーはどうしたんですか?
溝手るか:その歌えなかったイベントの次の日がツアーの大阪公演で。地元でのライブだったので、これはどうにかしなきゃいけないと思うんですけど、治ってないんですよ。それで何もしてないのに汗が止まらないぐらい焦ってて。でもパッてステージに出た瞬間、自分のカラーである赤いサイリウムが光ってて、客席の下手側のところに「るかちゃん、おかえり」って大きい横断幕が広がってて、それが力になったのかバンバン声が出るようになったんですよ! その日のライブの終わりにディレクターさんが「皆さんの赤いサイリウムや横断幕が、るかちゃんの一番の薬になったんだと思います」ってツイートしてくれたんですけど、本当にそうだったのかもしれないなって。
<いろんな回り道をしても、最終的にはスタンダードに帰ってくる>
--そして、そんな苦しい時期を乗り越えた先には、溝手るか初のオリジナル曲完成という出来事が待っていました。Crystal Kay「恋におちたら」等のヒット曲を手掛けてきた坂詰美紗子さん作曲、そして溝手るか作詞の「Always」。
溝手るか:本当に嬉しかったです! 今年の1月25日に生誕ソロライブをして、そこで披露させて頂いた曲なんですけど、まさか坂詰美紗子さんに作曲してもらえるとは思わなくて。アイドルって良くも悪くも「アイドル」って括りに縛られるので、偏見を持ってる人も多いと思うんですよ。そんな中で、あの有名な曲の数々を書いていらっしゃる方が私に書いてくれることも驚きだったし、「Always」は本当に素敵な曲なんですけど、そこに私が詞を付けられる喜びも大きくて。それをライブで歌えるだけでも嬉しかったのに、さらにレコーディングまでさせて頂けて! トラックダウンまで立ち合せて頂いて、完成した自分の曲を聴いたときには涙が出ましたね……。
今後、この「Always」を何らかの形で届けることができたらいいなって思っているので、その為に自分からどんどん動いていきたい。路上ライブでもやるぐらいの勢いで、自分を自分で駆り立てて、自分自身で行動して、たくさんの方に想いと熱意を伝えて、この完成した曲が皆さんのもとに届く日が来るといいなって思います。
--そんな歌手としての夢も少しずつ叶えていく中で、溝手さん的にはこれからスパガをどんなグループにしていけたらなと思いますか?
溝手るか:スパガって王道という形で活動してきているんですけど、今、また歌謡曲っぽいポップスが流行ってきているように、スタンダードなものっていうのはやっぱり良いんですよね。変化球が好まれる時期があったり、いろんな回り道をしても、最終的にはスタンダードに帰ってくると思うんです。なので、王道を突き進んできたスパガを「良いな」って思って下さる方がこれからきっと増えてくるんじゃないかなって。
そういう意味では、5周年も迎えましたし、ここでもう1個、2個、3個、もっともっとステップアップしていけなきゃ厳しいと思っているので、もっともっとたくさんの人に「スパガのライブに行きたい」「スパガの曲を聴いてみたい」「スパガに会いたい」って思ってもらえるぐらい頑張りたいです!
取材&テキスト:平賀哲雄
撮影:杉岡祐樹
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