2015/04/22
なんて痛ましく、美しいアルバムなのだろう。この4月に日本盤もリリースされた、スフィアン・スティーヴンス4年半ぶりの最新アルバム『Carrie & Lowell』。これまでの作品と同じくインディー・リリースであるにも関わらず、Billboard 200では初登場10位をマークしている。前作『The Age of Adz』の7位と同様に見事な成果を刻んでいるが、こと作風に関しては、ガラリと変化したアルバムと言えるだろう。
21世紀型インディー・フォークの旗手として評価をものにしたスフィアンは、前作『The Age of Adz』にかけて、実験的なエレクトロニック/グリッチ・ミュージックの要素を持ち込み、現実的な視界を揺るがすサウンドを構築しつつ表現世界を押し広げていた。ところが、新作『Carrie & Lowell』では洗練されたメロディが際立ち、最小限の音数で最大限の効果をもたらす作風へとシフトしている。それは原点回帰というよりも、かつてこれほどまでに研ぎ澄まされた、剥き出しのスフィアンがいただろうか、という程である。
アルバム・タイトルに登場するキャリーとは、スフィアンの実の母親の名だ。スフィアンは幼少期にその実母と離れ、実の父と継母の元で育てられている。アルバム・タイトルのもう一人、ローウェルは実母キャリーの後の夫であり、本作はスフィアンの生い立ちと、2012年にこの世を去った実母キャリーへの複雑な思いが綴られているのだ。「Should Have Known Better」の柔らかなギター・アルペジオがリフレインする中で、スフィアンは<僕が3つか4つの時、彼女は僕たちをビデオ店で置き去りにしたんだ>と赤裸々に歌っている。
まるで幾つもの時代を掻い潜り、歌い継がれて来たフォーク・ソングのような、巧みな押韻と洗練された詩的表現。その中に時折、記憶の中にこびりついた幼少時の情景がフラッシュバックする。堂々巡りする思いがあっても、誰より先にそれを伝えたい相手はもはやこの世界には存在しない。ただ、整理されない思いをどうにか宥め、慰めようとする丸裸の美しいメロディが残されるばかりである。<すべての人はいつか死んでしまうんだよな>という呟きが宙空に漂う「Fourth of July」や、残酷な一瞬に甘美な演奏が静止してドキリとさせられるタイトル曲「Carry & Lowell」といったふうに、音楽の美しさと物語の哀しみは、互いが互いを支え合って凄味を増すばかりだ。
しばしば、音楽が痛みや苦しみから人を救うことはあるだろう。しかし本作『Carrie & Lowell』に限った話をすれば、音楽は決して問題を解決してくれてはいない。音楽はただ、痛み・苦しみに寄り添うだけである。徹底して、痛み・苦しみに寄り添うことだけはやめない音楽の凄さと美しさ。スフィアン・スティーヴンスという才人が、このアルバムを通して、全身全霊を込めて伝えてくれるものはそれである。
text:小池宏和
◎リリース情報
『キャリー・アンド・ローウェル』
2015/04/01 RELEASE
HSE-60207 2,371円(tax out.)
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