2015/04/11 18:00
デジタル・リリースが前倒しになり、急遽発表されたビョーク3年ぶりのニュー・アルバム『Vulnicura』。この4月4日にはいよいよ、日本盤CDもリリースされた。1993年の世界的なソロ・デビュー(母国アイスランドでは幼少時から子役俳優/シンガーとして活躍し、80年代後半からはザ・シュガーキューブスの主要メンバーとして人気を博していた)以降、飽くなき探究心で最先端のポップ・ミュージックを更新し続けて来たビョークの、50歳を目前に控えた渾身のアルバムだ。
生身の肉体と精神、自然環境と最新テクノロジーを等価に捉えながら活動してきたビョークは、前作『Biophilia』(2011)ではそのイマジネーションを宇宙の神秘にまで拡大しつつ、アプリ版のアルバムもリリースして新しい音楽の楽しみ方を提案していた。新作『Vulnicura』では、長年に渡って同棲していた米国人アーティストの恋人=マシュー・バーニーとの離別、そして家族生活の崩壊をテーマにしていることが、ビョークの公式フェイスブック上で明かされている。さしずめ、前衛的なアーティストとしての顔よりも、一人の生活者であるビョークの素顔が前面に押し出された作品と言えるだろうか。
収録曲ではやはり、愛情や人間関係の破綻が痛ましい歌詞で綴られている。ただ、ビョークが凄いのは、歓迎されない現実によって新作のテーマがもたらされたことにより、統一感と精度をキープしたアルバムを完成させてしまっていることだ。彼女自身が手掛けた厳粛なストリングス・アレンジメントは、情緒過多に陥ることなく、ビョークの歌声を率直に引き立てている。
10分を越える大作曲「Black Lake」が完結すると、不穏なエレクトロニック・ビートに導かれて<母と子がいて、父と子がいる/でも、愛の三角形は失われた>と歌われる「Family」へと連なる。アルバム中盤以降、激しく渦巻く情念はスリリングなビートに後押しされるが、この辺りの曲群でいよいよ本領を発揮し始めるのが、共同プロデューサーを務めたベネズエラ人プロデューサーのアルカだ。
カニエ・ウエスト『Yeezus』やFKA・ツイッグス『LP1』といった近年の話題作で活躍したことにより注目を浴びたアルカは、現在、人間とテクノロジーの関わりを最も刺激的に音像化することができるプロデューサーの一人である。自身も昨年初のソロ作『Xen』をリリースしているが、ビョークとの共同作業は運命的と言ってもいいほど好相性なもの。アントニー・ハガティのヴォーカルがカットアップされた「Atom Dance」や、人生の淵に佇むクライマックス「Quicksand」など、ビョークの物語を見事に支えてみせている。
そして途方に暮れるような視界のまま、『Vulnicura』は幕を降ろす。救いは無い。ただ、どうにも片付かない感情に寄り添う音楽があるだけだ。いや、感情にしっかりと寄り添ってくれる音楽があるということの根源的な価値の大きさを、ビョークはこのアルバムで伝えてくれているのかも知れない。
text:小池宏和
◎リリース情報
『ヴァルニキュラ』
2015/04/01 RELEASE
SICP-4421 2,400円(tax out.)
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