2014/11/02
今年25歳になったクリス・ブラウンは、まだまだヴァイタリティ溢れる年齢でありながら、十代半ばに鳴り物入りで華々しくデビューし積み重ねて来たキャリアを誇っており、本来なら今こそ絶頂期を迎えていてもおかしくはないアーティストである。しかし、どうやら状況はそう順風満帆なものでもなさそうだ。
米本国で9月(日本盤は10/1)にリリースされた最新アルバム『X』は、Billboard 200初登場週に2位。大ベテランであるバーブラ・ストライサンドのデュエット作にトップの座を阻まれた。充分素晴らしい成績と思えるが、前々作『F.A.M.E.』(2011)、及び前作『Fortune』(2012)が立て続けに1位を記録したことや、これまでで最も豪華なゲストの顔ぶれがズラリ揃った『X』の話題性を鑑みると、なかなか厳しい現実であるようにも見える。
ここ数年のクリスは、とりわけ作品以外の面で明るい話題が少なかった。以前交際していたリアーナへのDVが公になったのは5年前だが、その後にも暴力事件を起こし、リハビリを行っていたものの裁判所の命令を違反したことで今春、逮捕・収監されていた。そもそも2013年内にリリースされる予定だった『X』は、この辺りの事情もあってリリース日の延期を繰り返していた。『X』というタイトルは、クリスが音楽の世界に足を踏み入れて10年を意味するローマ数字の「X」と、アルファベットで24番目にあたる「X」が24歳当時のクリスにかけられている。
原曲はデジタル・ブラックとアリーヤのコラボ曲だった「Don’t Think They Know」、そしてニッキー・ミナージュを迎えた「Love More」といったシングル曲は、『X』製作期間が伸びたためか、アルバム本編からは外れている(ボーナス・トラックとして収録)。お馴染みのリル・ウェインやタイガを迎えた「Loyal」、アッシャーとのスウィートなソウル歌唱の交錯が聴きものの「New Flame」といったシングル曲を前半に配し、気怠いトラップ/ベース・ミュージック風の現代的なトラックも絡めつつ、90年代のマイケル・ジャクソンを彷彿とさせる「Add Me In」や「Time For Love」など、どこか懐かしい手応えのR&Bナンバーにも惹かれる構成だ。
しかし、『X』がその本領を発揮し始めるのは「Lady In Glass Dress (Interlude)」を挟んでからの本編後半である。ケンドリック・ラマーが参加した“Autumn Leaves”や、ブランディーとのコラボ曲“Do Better”は、避けられない離別が歌い込まれた物悲しいナンバーだが、どちらも白眉。その後アルバムはクライマックスへと向かい、なぜかクレジットされていないがアリアナ・グランデとデュエットする「Don’t Be Gone Too Long」はこの位置に配置されている。そして最後には、<俺は酔っ払って君に文章を送ってしまうんだ>と痛ましくリフレインする「Drunk Texting」で本編は締め括られる。
想像も及ばないトップ・スターの狂騒とストレス、そして美しいばかりではない愛の形。とりわけこの数年をジェットコースターのように生きてきたクリス・ブラウンが、創作の困難もプライヴェートの混乱も詰め込んだ作品がこの『X』だ。クリスがこのタフな時期を乗り越えて更に飛躍したとき、本作は彼のキャリアの一部を伝える生々しいドキュメンタリーとして、人々に記憶されているだろう。彼が、人生の辛い経験さえも素晴らしい作品へと昇華させることを、願わずにはいられない。例えば、MJの「Billie Jean」や「Black or White」や「D.S.」がそうだったように。
Text:小池宏和
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