2014/03/28
10年以上にわたって聴き手の心を震わせ続けている、唯一無二の女性シンガーソングライター 熊木杏里。復帰第一弾作品となるミニアルバム『贈り物』をリリースしたばかりの彼女が、近況と興味深い展望を語った。
<熊木杏里とは?>
派手なプロモーション展開やメディア露出に頼らずも、その柔らかくも感情が滲み出る美しい歌声、楽曲は着実に“心の拠り所”を求めるリスナーの耳を捉え、気付けば東京国際フォーラムでのワンマンライブを実現。
大物アーティストや映像クリエイターからの信頼も厚く、2006年には中島信也監督にその声を溺愛され、資生堂企業広告テレビCMソング「新しい私になって」を歌唱。唯一無二の声による「ほんじつ私はフラレました・・・」というフレーズは多くの視聴者を虜にし、翌年の「ACC CMフェスティバル」特別賞ベストサウンズを受賞している。また、同曲は小田和正が【クリスマスの約束】で「最近テレビのCMで聞いて、いいなと思った曲」と歌唱したことも。
NHK、NTT、JR、JRA、TBCといった大企業関連のCMやテーマ曲、数多くの映画、ドラマなどに楽曲が起用され、2011年には、TOWER RECORDS「NO MUSIC,NO LIFE.」シリーズ、東京メトロのCMなど、話題の広告を次々と手掛ける箭内道彦氏に絶賛される形で「hotline」を発表している。
<熊木杏里 復帰第一弾インタビュー>
--お久しぶりです。マタニティブルーのときに一度お会いしましたが、あれから出産まではどんな精神状態だったんですが?
熊木杏里:「マタニティブルー」っていう曲、ちょっとだけ出来ました(笑)。最後まで作り上げる前になくなったので、完成させてないんですけど。ただ、出産してからがまたしばらくブルーでした。ブルーというか、「どうすればいいんだろう」みたいな気分になっちゃって。でも最近子供が可愛くなってきたから。笑うし、反応するし、今ちょうどライブのリハーサルを家でやってるんですけど、それを子供が聴いていて。そういう毎日が結構面白いなって思い始めてます。
--幸せそうじゃないですか。
熊木杏里:ただ、ひとりでじっくり詞を書いたりする時間が圧倒的になくて。
--それは別の出産されたアーティストも言ってました。曲が思いついてピアノの前に座ると、子供がオギャーと泣いて手が止まる。独身時代ならそこで手を止めるなんて有り得なかったけど、今は子供優先だからって。
熊木杏里:分かる(笑)。時間的にもそうだけど、心の中も気付けば子供で埋まっていくんですよね。前はすごく自分に向かっていたんですけど。
--お母さんってそういうことなんでしょうね。新作の1曲目「贈り物」は、どのタイミングで作ったものなの?
熊木杏里:まだ子供がお腹にいるときですね。妊娠7か月ぐらいのとき。自然と両親のことを想ったし、私も自然と親になっていくんだろうなって。この曲があるから、今回はアルバム全体として“子供を生んだ人の歌”という印象になっていると思う。ベネッセコーポレーションとのコラボの影響も大きいんですけど。
--アルバムタイトル『MOTHER』でもよかったぐらいだもんね。
熊木杏里:そうそう。でもそれは作ってみるべきかなと思って。このタイミングで作品を出せること自体も有り難いし、これがなかったら未だにマタニティブルーが続いていたかもしれないし(笑)。作品づくりが出来てなかったらおかしくなっちゃうと思う。ただ、これだけでは完全燃焼できない部分もあるので、もう気持ちは次に向かってる。フルアルバムを作りたいなって。
--なるほど。もう方向性は固まってるんですか?
熊木杏里:ヴィジョンはすごくある。出産を経験したし、ハッピーな作品のほうが受け入れてもらえるんじゃないか?という流れで今作『贈り物』は出来たと思うんですけど、やっぱり私は「暗い」と言われるテイスト。デビューアルバム『殺風景』じゃないけど、そういうアルバムが作りたいんですよ。
--出産を経て「私はやっぱり暗く在りたいんだ!」って(笑)。
熊木杏里:そう! 聴いたときに「この人、暗いね」って言われたいんだよ、やっぱり。前にコブクロさんの「桜」をカバーさせていただいたじゃないですか。あの曲は明るい分野に入るみたいで、あのカバーで私に興味を持った人が「他の曲を聴いてみたんですけど、すごく暗くて残念です」って書いてたんです。
一同:(笑)
熊木杏里:でも「すごくいい感想だな!」って思って。私、残念がられようと思って。私はそこまで明るくないし、ラブソングでもない。応援ソングでもない。在ってもいいとは思うけど、もっと人間に迫った楽曲を作りたいなと思ってます。
--熊木杏里は、やっぱり面白いね。その感覚で自分の作品を振り返ったとき、一番好きなアルバムはどれですか?
熊木杏里:『無から出た錆』(※2005年発表の2ndアルバム。熊木杏里が世の中に対してまだまだ懐疑的だった、いわゆる“ひきこもり期”に制作されたもの)。あのアルバムには無理がない。今の状態で『無から出た錆』みたいなことをもう一回やってみたいですね。『無から出た錆 II』と言われるぐらいのものを作りたいです(笑)。
--それは聴きたい。
熊木杏里:すごく人間っぽくないですか?「子供が生まれて幸せだな」って思う反面で、不安もすごく大きい訳で。そこをちゃんと歌いたいと思います。あと、私はいちいち自分を確認しないと前に進めないタイプだったなって。それをしばらく忘れていたなって。1分1秒、自分の行動についてどう振る舞ったらいいかを考えながら生きていた20代。今はそういう感覚があんまりなくて、自分の想いの先をあんまり考えてないんじゃないかと。そういうピリピリした感じが……「あー、それが私だったなぁ」と思って。
--一度消失したからこそ気付けたんじゃないですか? で、今はかつての自分に焦がれている。
熊木杏里:うん。でもそういうことを考えているのが楽しい。もう少し生きることに悩んでいたような自分。それを今の年齢でも表現できたら、とても良いんじゃないかなと思って。そこが上手くできたらきっと「熊木杏里だなぁ」ってなる。熊木杏里というジャンルになれるのかなって思っています。
--音楽としてはJ-POPからフォークへ返る感じ?
熊木杏里:やっぱりフォーク。今のほうがよりフォークを渋く感じさせられると思うし。感性は子供を生んでから鋭くなっているので。
--そうなると、今回の『贈り物』は、あの『無から出た錆』を経て、次の作品から外との繋がりや広がりを求めてきた熊木杏里にとって、「大人になったね、杏里ちゃん!」と祝ってもらって完結する。その為の一枚かもしれないですね。
熊木杏里:そういう着地点でしょうね。それ以外の何ものでもない。この『贈り物』が作れたおかげで、これからもっと暗くて(笑)人間に迫る熊木杏里を見せられると思っています。
取材&テキスト:平賀哲雄
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