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2025/11/08 12:00

<ライブレポート>リリースから38年――キーボーディスト菊池ひみこ、ジャパニーズ・フュージョンの名盤『Flying Beagle』再現ライブ開催

 昨今、70年代から80年代にかけて盛り上がっていた日本のフュージョンが再評価されていることをご存じだろうか。それもリアルタイムで聴いていた世代ではなく、20代から30代にかけての若い音楽ファンや、海外のリスナーからじわじわと盛り上がってきているのである。そして、そのフュージョン・リバイバルの話題の際に、高中正義やCASIOPEAといったアーティストと並んで名前が挙がるのが、菊池ひみこである。1980年にメジャーデビューした彼女は数々のアルバムをリリースしたが、近年とみに再注目されているのが、1987年に発表した7枚目のオリジナル・アルバム『Flying Beagle』だ。某動画サイトにアップロードされた音源は、なんとまもなく900万再生に届こうという勢いであり、さらに8月にリイシューされたアナログ盤はあっという間に完売。しかも、海外輸出だけでも数千枚だというから驚かされる。

 そんな機運が高まるなか、ビルボードライブ東京で『Flying Beagle』再現ライブというスペシャルな企画が行われた。菊池ひみこは現在、ギタリストである夫の松本正嗣とともに鳥取でライブハウス「After Hours」を営んでいる。そのため、東京でのライブ自体が少なく、実際にどのようなパフォーマンスを行うのかということに関して、多くのオーディエンスにとっては未知数だっただろう。しかし、暗転してバンドメンバーがステージ上に並び、彼女がカウントを取って音が鳴った瞬間に、そんなことがまったくの杞憂だったことに気付かされた。

 『Flying Beagle』の再現ライブとはいえ、一曲目から順番に演奏するのではなく、まずは「Baby Talk」からスタート。ミディアムテンポのファンキーなリズムに乗せて、力強いタッチのピアノが奏でられていく。時折差し込まれるホーン・アンサンブルも鮮烈だ。今回のオンステージ・メンバーは、とにかく豪華だった。ステージの前面には6人のホーン・セクションがずらりと並び、ギター、ベース、ドラムス、そして菊池のピアノという総勢10名という大所帯。しかも、すべて日本を代表する名うてのミュージシャンたちである。これだけのメンツが集まれば、さすがに重厚感のあるサウンドが堪能できる。終盤にはサックスの本田雅人が見事なソロを聞かせてくれた。

 演奏が終わると、38年前のアルバム『Flying Beagle』についての思い出について語られる。身近なことを題材にして、ブラスロック的なエッセンスを取り入れたアルバムだったということで、「Baby Talk」も生まれたばかりの子どもの発する声からインスパイアされたそうだ。続いて「鳥取砂丘をイメージしながら聴いてください」というMCから、「Sand Storm」が披露される。プリミティブなラテン風のリズムとホーンのソリッドなフレーズが交錯するテクニカルなナンバーだが、情熱的なピアノ・ソロでグッと場を盛り上げていく。

 続く「A Seagull & Clouds」は、たおやかなグルーヴに乗せたメロウなメロディをピアノが奏でていく。穏やかに響くホーン・セクションから、エリック・ミヤシロのフリューゲルホーン・ソロが心地良く会場内に響き渡る。中盤では美しいピアノ・ソロを差し込むことで、彼女特有の世界を提示してくれた。さらに「Fluffy」では、軽快なボサノヴァのリズムに乗せて、心地良いサウンドが展開されていく。アップテンポの楽曲では強いタッチのプレイが中心だったが、これらのメロウ・ナンバーに関しては、優美でしなやかなピアノを聴くことができる。ずっと控えめにバッキングに回っていたギターの松本正嗣が、これまた控えめなギター・ソロを披露して喝采を浴びていた。

 『Flying Beagle』のジャケットに写っている犬は、実際に当時飼っていた愛犬らしい。飛び跳ねると両耳が開いて飛んでいるように見えることから、アルバムのタイトルに『Flying Beagle』と名付けたそうだ。そんな話からタイトル曲の「Flying Beagle」を演奏する。小刻みのリズムとピアノの調べに加え、ホーン・アンサンブルが華やかに鳴り響いていく。中川英二郎のトロンボーン・ソロをフィーチャーしながら高揚感のあるサウンドを作り上げ、市原康がドラム・ソロでクールに決めてくれた。

 本編ラストはアルバム1曲目の「Look Your Back!」。一気にファンキーでアッパーな世界へいざなわれる。斎藤クジラ誠のスラップベースと、菊池のエレクトリック・ピアノの絡み具合が素晴らしく、エンディングではメンバー紹介を加えながらゴージャスなアンサンブルでオーディエンスを圧倒した。

 アンコールは、アルバムの最後に収められた「Ducky Ducky」。スペンサー・デイヴィス・グループの「Gimme Some Lovin'」をモチーフにしたファンキーなナンバーは、菊池のピアノとハモンドを交互に演奏することで、ロック、ブルース、ファンク、ジャズなどが混然となった、まさにこれぞ“フュージョン”ともいうべき演奏で盛り上げてくれた。

 アルバム再現ライブなどと打ち出すと、どこかノスタルジックな雰囲気になってしまうのはよくあることだ。しかし、今回のステージは懐かしさというよりも、鮮度の高い音楽という印象の方が強い。それは、菊池ひみこを含めたメンバー全員が、“今”の音楽を奏でているという意識が強いからだろう。たまたま再評価をされたという話題性はあるが、実際に彼女が生み出してきた音楽と演奏は、まったく古びていない。むしろ、新しい音楽として聴けるはずだ。それは、何人もの若い音楽ファンや外国人客が会場に集っていた事実が物語っている。

Text:栗本斉
Photo:福政良治


◎セットリスト
【菊池ひみこ 『Flying Beagle』再現ライブ
Himiko Kikuchi 『Flying Beagle』 Revisited】
2025年10月22日(水)東京・ビルボードライブ東京 1st Stage
1. Baby Talk
2. Sand Storm
3. A Seagull & Clouds
4. Fluffy
5. Flying Beagle
6. Look Your Back!
En. Ducky Ducky

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