「faraway so close」と題して2022年から断続的に行われてきたハナレグミの弾き語りツアー。今年は【faraway so close 2025 ～ハナレグミ with sweet thing▽～】と銘打ち、ギターに石井マサユキを迎えたデュオ編成で各地を回ってきた。その東京公演として6月8日に開催されたビルボードライブ東京の1stステージをレポートする。

　永積 崇は2002年からハナレグミとして活動しているが、ビルボードライブ東京のステージに立つのは、意外にも今回が初なのだという。煌やかなグラスの音と穏やかな談笑が場内に響く中、照明が落ち、客席の間を縫うようにして永積がステージへと向かう。舞台上にはパッチワークのラグが敷かれ、奥にはギターが数本並んでいる。深い青色のセットアップに身を包んだ永積はスツールに腰掛けると、「このステージに立てて光栄です」と笑顔で客席へと語りかける。ブルーのストラトキャスターを優しく爪弾きながら、昨年リリースされた最新アルバム『GOOD DAY』から「ビッグスマイルズ」を歌い、1stステージは幕を開けた。続いて、堀込泰行が作曲を手がけた「ブルーベリーガム」を歌うと、思い思いの姿勢でくつろぎながら歌声とギターに聴き入るフロアの光景が、まるで永積の部屋に招かれたかのようなごく親密な空間へと変わっていた。

　「ビルボードライブ東京は、味覚・視覚・聴覚……全部の感覚を使って、音楽を一番楽しめるところだと思うんです。かけがえのない思い出をたくさん作って帰ってください」と、この場所でライブを行えることの感謝を改めて述べると、アコースティックギターに持ち替えて「明日天気になれ」を晴れやかに歌い上げ、早くもライブ終盤のよう盛り上がりをみせた。

　余韻が醒めぬ中、永積が「地元・国立の大先輩で、昔からこの人のギターが大好き」と紹介し、このツアーのパートナー（sweet thing▽）でもあるギタリスト・石井マサユキをステージに招き入れる。自身のバンドであるTICAやThe Changでの活動だけでなく、CHEMISTRYや大橋トリオなどのサポートでも活躍する石井は、ハナレグミのツアー・バンドにも参加する、永積が全幅の信頼を置くプレイヤーだ。まずは永積がアコギ、石井がストラトを抱えて、ハナレグミ活動初期からの名曲「ハンキーパンキー」を披露。ボリュームペダルを駆使した石井のジェントルなフレージングが、永積の歌声にそっと寄り添っていく。続いて演奏したのはなんと、東京スカパラダイスオーケストラの「追憶のライラック」。2005年にハナレグミがフィーチャリング・ボーカルとして参加したこのナンバーは、当然ながら全編にわたるホーン・セクションが印象的なアレンジなのだが、エレキギター2本の演奏で再構築しながら、しっかりとレゲエのフィーリングとグルーヴ感を残した見事なアレンジで、永積のボーカルの切ない魅力もより際立つ名演となった。エレキギター2本によるリアレンジは、続く「雨上がりのGood Day」でも冴え渡る。アルバム『GOOD DAY』に収録されたオリジナルは打ち込みのサウンドを軸にしていたが、爽快な曲の印象はそのままに息のあったデュオ編成でオーディエンスを新たな音世界へと誘った。

　アコギに持ち替えた永積は、「2020年以降、僕らの暮らしは大きく変わった」と、コロナ禍の時間を振り返る。先の見えない中でライブのあり方を模索していたが、「だけど、どうせならこの時を思い切り楽しもうと思えるようにもなった」と続けて歌いはじめたのが「独自のLIFE」だ。アコギとストラトのシンプルな編成ながらファンクネスにあふれたアレンジでフロアの温度は上昇し、さらには永積のラップと石井のギターソロが炸裂して、大歓声の盛り上がり。その熱気を残したまま、『GOOD DAY』からゆったりとしたソウル・ナンバー「どこでもとわ」へとなだれこむ。緩急巧みに歌いわけていくステージングに、オーディエンスはすっかり魅了されていた。

　ここまで8曲を歌い終えた永積は、清々しい表情でMCへ。「この晴れの舞台に、僕の両親が聴きに来てくれている」と伝えると、会場中にあたたかな拍手が巻き起こる。「本当に尊敬している父と母に向けて、この曲を。歌えなくなったら歌ってね」と、少し照れくさそうに語り、「家族の風景」のあの印象的なアルペジオを爪弾きはじめる。ハナレグミのライブでこれまでに何度も耳にしてきた馴染み深い楽曲だが、この日の演奏はとくに、時を閉じ込めた宝箱をそっと開くように歌詞の言葉ひとつひとつが心に染みてきて、えも言われぬ感動を覚えたのは、きっと筆者だけはないはずだ。曲が終わっても大きな拍手がいつまでも鳴り止まなかった。

　ここで永積が、ビルボードライブ東京での思い出を振り返る。観客としてロバータ・フラックやリッキー・リー・ジョーンズなど、海外アーティストの名演の数々をこの場所で観てきたという永積だが、もっとも印象に残っているのがジミー・クリフの来日公演だったという。まるでスタジアムの端っこまで届くような、力強い歌いっぷりを目の当たりにし、あまりの感動に一人だけ立って聴いていたという永積は、「会場の大きさとか関係なく、歌いたいように歌えばいいんだよと、ジミー・クリフから教わった」と、レゲエの神様から受け取ったギフトについて語り、そのMCとリンクするような歌詞が綴られた「MY夢中」を心を込めて歌い上げた。

　ライブも終盤に差し掛かる頃、永積はコロナ禍で音楽活動がままならない頃にはじめたフィルムカメラの撮影について語った。カメラを首から下げて生まれ育った街並みを歩いていた彼は、父親が仕事に通うために利用していたバス停が目に止まったという。「毎日毎日そのバス停から仕事に向かう父親の姿を思い浮かべると、その背中が光って見えた。世界中にそうして毎日の生活を送る人たちがいるわけで、その光が帯になっているように思えたんだ」と、曲が生まれた背景を紹介しながら「発光帯」を歌い、ステージを後にした。

　アンコールの拍手に迎えられて、永積と石井が再びステージへ上がる。「またスマイルな時を送りましょう」とオーディエンスに感謝の言葉を伝えた永積は、石井のギター伴奏にのせてチャーリー・チャップリン「Smile」のカバーを優雅に歌い上げて、初のビルボードライブ東京のステージを締めくくった。楽屋へと戻る途中、永積は客席で見ていた両親の元へ立ち寄り、父親と肩を組んでオーディエンスに挨拶すると、会場中が幸せな空気に包まれた。

　ライブ中のMCでは、医者として仕事をする父に対して「『俺は頭が悪いから医者にはなれないよ』と話したら、父親が淋しそうな顔をしていた」と思い出話を披露していたが、このビルボードライブ東京のステージは、彼の両親にとっても最高のプレゼントになったであろう。そして、素敵な瞬間に立ち会えたオーディエンスにとっても、この上ない贈り物となったはずだ。

Text：宮内 健
Photo：板場 俊

◎セットリスト
【ハナレグミ TOUR faraway so close 2025
～ハナレグミ with sweet thing▽～】
2025年6月8日（日）
東京・ビルボードライブ東京1st Stage
1. ビッグスマイルズ
2. ブルーベリーガム
3. 明日天気になれ
4. ハンキーパンキー
5. 追憶のライラック
6. 雨上がりのGood Day
7. 独自のLIFE
8. どこでもとわ
9. 家族の風景
10. MY夢中
11. 発光帯
12. Smile（カバー）

◎ツアー情報
【ハナレグミ 2025「TOUR good to go! 」】
2025年7月25日（金）福岡・Zepp Fukuoka
2025年7月31日（木）愛知・Zepp Nagoya
2025年8月1日（金）大阪・Zepp Osaka Bayside
2025年8月3日（日）広島・ BLUE LIVE広島
2025年8月6日（水）Zepp DiverCity(TOKYO)
2025年8月10日（日）宮城・SENDAI GIGS
2025年8月30日（土）北海道・Zepp Sapporo
2025年9月27日（土）埼玉・さいたま市文化センター 大ホール

※▽＝特殊記号のハート