2025/02/28 12:00
1960年代初頭、19歳の無名ミュージシャンだったボブ・ディラン。2025年2月28日に全国公開される映画『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』では、米ミネソタ出身の彼が、ニューヨークの音楽シーンで頭角を現し、やがて時代の寵児としてスターダムを駆け上がっていく様子が描かれている。
監督を務めたのは、【アカデミー賞】受賞作『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(2005年)で故ジョニー・キャッシュの半生を描いたジェームズ・マンゴールド。約20年ぶりとなる音楽伝記映画となる本作では、ディランの創作の背景や孤独をリアルに描くとともに、音楽史における変革の時代を見事に捉えている。
また、ディランを演じるティモシー・シャラメをはじめ、モニカ・バルバロ(ジョーン・バエズ役)、エドワード・ノートン(ピート・シーガー役)、ボイド・ホルブルック(ジョニー・キャッシュ役)らが、すべての歌唱・演奏シーンを自ら担当している点も注目だ。
2月上旬に来日したマンゴールド監督が、Billboard JAPANのインタビューで、主役のシャラメと密に協力しながら、伝説のミュージシャンの物語を圧巻の生演奏と緻密なキャラクター描写を通じて、いかに具現化していったのかを語ってくれた。
―まず、ボブ・ディランの音楽との出会いについて教えてください。
ジェームズ・マンゴールド:最初は父が持っていたベスト盤を車の中で聴いて、「いいな」と思っていました。その後、18歳で大学に入ったときに、マーク・ノップラーがプロデュースした80年代のアルバム『インフィデル』を購入しました。それをきっかけに、彼の当時の音楽に惹かれ、さらに過去の作品にも遡って聴くようになりました。
―現在もその時代のディランの音楽が一番好きですか?
特に特定の時代が好きというわけではありません。他のアーティストに対しても同じですが、「昔の作品のほうが良い」と言われるのは少し複雑な気持ちになります。ただ、難しいのは、私はボブ・ディランのファンですが、それだけの理由で映画を作ることはできなかったということです。映画を作る上で重要なのは、ファンとしての視点ではなく、客観的な視点を持つこと。そのため、彼と一定の距離を置くことで、より真実味のある作品を作ることができたと思います。
―2019年に、この映画のために初めてティモシー・シャラメと会ったときのことを教えてください。
私の映画『フォードvsフェラーリ』のプレミア上映が【トロント映画祭】で行われた際、彼も別の作品で参加していました。その2週間前にイライジャ・ウォルドの著書『ボブ・ディラン 裏切りの夏』を見つけ、彼にディラン役をオファーしたいと思っていたんです。彼が私のホテルの部屋に来て、1時間ほどウォルドの著書の映画化について話をしました。そして、彼は「イエス、一緒にやろう」と快諾してくれました。話がとてもスムーズに進みましたし、彼こそこの作品に最適だと確信しました。彼は優れた俳優で非常に知的です。彼の世代では最高の俳優の一人であり、年齢的にも適しており、ルックスや体格もディランに似ています。痩せていて野心的で、でも最終的には直感で「彼しかいない」と思いました。
―演奏はもちろんのこと、ティモシーは、しぐさ、髪型から爪に至るまで見事にディランを体現していますが、彼がディランに変身していくのを見るのはどんな感じでしたか?
俳優とコラボレーションし、かれらが役に変身していく姿を見ることは、私がこの仕事を続ける理由の一つです。本当にスリリングでした。しかし、映画を制作している最中は、常に「うまくいくかどうか」という不安がつきまといます。だからこそスリリングなのですが、完成したときに全体がうまくいったと実感できる瞬間が、最も興奮するんです。
―彼は映画の中で約30曲をパフォーマンスしていますが、選曲は相談しながら進めたのでしょうか?
私が選んだ曲もありましたし、ティミーから「これをやってみたらどうだろう?」と提案された曲もありました。彼はこの映画を制作する5、6年間、私の制作面におけるパートナーでした。ある曲を試しては別の曲を試しながら、映画の中で音楽がどのようにストーリーを語るのか、深く考えました。
例えば、私がアクション映画を作るとき、アクション・シーンとプロットを切り離して考えることはありません。それらは一体だからです。同じように、この映画では台詞も歌もすべてがキャラクターの声として存在するべきだと考えました。キャラクターの内側から、彼らの指や体の動きから自然に生まれるような感覚にしたかったのです。
―今作のために、ディランの未発表音源を多く聴く機会があったと聞いています。
ボブのチームは、私たちの要望に応じてすべての資料を提供してくれました。その中には、ジョニー・キャッシュがディランに宛てた手紙も含まれていました。ボブはその手紙を大切に保管しており、それは彼にとって非常に重要で、決定的な瞬間に送られたものでした。
―そのジョニー・キャッシュをはじめ、映画に登場する有名アーティストとディランのやり取りの中で、特に脚本に取り組みがいがあったものは?
ジョニー・キャッシュとディランのシーンを書くのは特に楽しかったですね。
―あの“ビューグルス”のセリフもあなたによるものですか?
はい(笑)。映画の後半でジョニー・キャッシュが登場することは、私にとってとても重要でした。ディランが自分の直感を信じて進むべき道を見つけるために、耳元でささやく声が必要だと感じたのです。
―中でも、ジョニーの「カーペットに泥で足跡を付けろ」というセリフは特に重要な意味を持っています。
この言葉は、ジョニー・キャッシュがディランに送った手紙から直接引用したもので、彼自身の言葉です。ある意味、「少しルールを破ること」「限界を押し広げること」「誰かを怒らせるリスクを冒すこと」を奨励するメッセージになっています。
―映画では、ミュージシャン役の俳優がすべて自身で歌い、演奏していて、しかもライブ収録でした。その点での撮影における課題はありましたか?
非常に大変で、特に音響チームには大きな負担がかかりました。撮影現場では、20~30本ものマイクを同時に使用しました。ワイヤレスマイク、ブームマイク、アーティスト用のライブマイク、観客用のマイクなど、さまざまな音源をできる限り個別に録音しながら、全体として統一感のある音響を作り上げる必要がありました。だからポストプロダクションでは、何百もの音声トラックを処理することになりました。
―なるほど。加えて、ステージ上からの視点を取り入れることで、ディランと観客の距離感が非常に近いと感じました。
『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』と『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』には多くの違いがありますが、私の監督・脚本・プロデューサーとしての目標は共通しています。特に監督として意識したのは、「観客をステージの上にいるような感覚にする」ことでした。客席の良いポジションからコンサートを再現するのではなく、パフォーマーたちと共にいるような感覚を味わってほしかったのです。
カメラも基本的に観客席からではなく、ステージ上で俳優たちと共に動きました。なぜなら、単に有名なコンサートを再現するだけでは、キャラクターとの距離が生まれてしまいます。それでは、かれらがその瞬間に感じていた政治的な葛藤や、胸の痛み、混乱を観客が体感することはできません。私は、それらすべてをステージ上でリアルに感じてもらいたかったのです。
―各キャラクターの葛藤で言うと、「悲しきベイブ」のパフォーマンス・シーンは、ディラン、ジョーン・バエズ、シルヴィの三角関係を巧みに捉えています。
こうしたシーンを多く取り入れました。私にとって音楽はひとつの要素にすぎず、その背景で起こる出来事や感情の揺れを常に感じ取りたいと思っています。たとえば、ジョーンとボブがアパートで初めて「風に吹かれて」を歌うシーンでは、単なる演奏ではなく、二人が下着姿で目覚めたばかりの状態で描かれます。二人はこの関係がどこへ向かうのか分からない。ジョーンはボブよりも有名で成功しているものの、お互いにライバル心を抱えています。さらに、彼には別の交際相手がいて、そのシルヴィと同棲しているアパートに二人はいます。こうした関係性や文脈、ストレスが、このシーンを支えています。
歌い終わった後、ジョーンがボブに最初に尋ねたのは、曲そのものについてではなく、「私たちは何なの?」という問いでした。彼女はボブに恋をしており、この関係の意味を知りたがっていました。しかし、彼の答えは「わからない」というものでした。傷ついた彼女は前に進むしかなく、「誰かその曲をレコーディングした?」と、プロのミュージシャンとしてのジョーンに戻るのです。私にとって、それこそが音楽の根底にある、本当に興味深い部分なのです。
―同様に、ディランがパーティで大勢の人に話しかけられ、囲まれるシーンでは、アーティストとしてのペルソナとの葛藤が描かれています。
アーティストもまた人間です。彼が周囲の人々にどのように反応するのか、特に知らない人と接することを本当に嫌がる一方で、誰もが彼と関わりたがる状況は、私にとって非常に興味深いものでした。音楽を作る才能はあっても、有名になることに向いていない人もいれば、その逆の人もいます。
―この映画のためにディランと会った際、彼の自身のレガシーに対する考え方で印象に残った点はありましたか?
彼のレガシーについては話しませんでした。そうした話をすると、その人を過去の存在のように扱ってしまうからです。私が主に話したのは、彼の記憶や感情についてでした。特に印象的だったのは、ソロ・アーティストとしての孤独感です。楽屋でも、ステージ上でも、曲を書くときも、帰路につくときも、常に一人だった。その圧倒的な孤独を彼は強く感じていました。ジョニー・キャッシュやザ・ビートルズといったバンドを持つアーティストたちを見て、彼はその友情や仲間意識に憧れていました。しかし、フォーク・コミュニティが彼に期待するものが大きくなるにつれ、彼はその中心でますます孤独を感じるようになったのです。
だからこそ、彼がバンドとともに音楽を作る方向へ進んだのは、単なる芸術的な選択ではなく、ソロ・アーティストとしての孤立感や孤独を解消するための、個人的な決断でもあったのは明らかだと思います。
―確かに、ジョーンやバンドと一緒に演奏するとき、彼は輝きを増しますね。
その通りで、彼自身の発言やアーカイブ映像からも、バンドという仲間を得ることで新たな活力を感じていたことが伝わってきます。私たちは、彼がそうした瞬間に抱いた感情をできるだけ正確に表現しようとしました。
―映画の中に、ピート・シーガーの有名な言葉「A good song can only do good」が登場しますが、これは映画にも当てはまると思いますか?
はい、良い芸術は、私たちがより良い人間になるのを助けてくれると思います。一方的な立場を取らずに、物事のあらゆる側面を見せてくれる芸術。だからといって、芸術に視点が不要だと言っているわけではありません。むしろ、答えを提示するのではなく、興味深い問いを投げかけることが重要だと考えています。
良い歌もまた、深い問いを投げかけるものだと思います。ボブ・ディランの作品は、その完璧な例です。彼の歌が何を意味するのか、私たちはいまだに考え、語り合っています。それは、彼の曲が非常に美しく書かれ、私たちの想像力をかきたてるからです。もしディランが歌詞の意味を明確に説明してしまったら、彼の音楽の力は平凡なものになってしまうでしょう。彼の歌詞、そしてすべての素晴らしい芸術の魅力は、私たちに考えさせ、相互作用や内省、思考を促す点にあります。そのため、それらの作品は鑑賞する瞬間を超えて、長く私たちの中に生き続けるのです。
―この映画がディランを若い観客に紹介するきっかけにもなったと思います。最後に、映画には入れられなかったものの、おすすめしたいディランの曲やパフォーマンスがあれば教えてください。
「寂しき4番街」は、彼が感じていた怒りやパラノイア、人々や周囲の期待に対する苛立ちの感情をとらえていると思うので、ぜひ紹介したかったですね。80年代の未発表曲である「ブラインド・ウィリー・マクテル」も大好きです。現在はボックス・セットの一部としてリリースされていますが、この曲ではディランが偉大なブルースマン、ブラインド・ウィリー・マクテルに対して非常に謙虚な姿勢を見せています。彼はある意味で、「オリジナルのブルース・シンガーたちが築いたものには、誰も太刀打ちできない」と語っているのです。
―彼がさまざまなジャンルの音楽に興味を持っていたことは、映画でも強調されていますね。
彼は決して特定の枠やカテゴリーにとらわれることがありませんでした。これこそが、シーガーやアラン・ローマックス、そしてフォーク・コミュニティとの対立の核心だったのです。ディランはフォーク・ミュージックを心から愛し、その世界に身を置いた時間を大切にしていました。しかし、そこに永遠とどまることを誓ったわけではありません。なぜなら、彼はフォーク・ミュージックだけでなく、さまざまな音楽を愛していたからです。
Interview: Mariko O.
◎作品情報
映画『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
監督:ジェームズ・マンゴールド『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』『フォード vs フェラーリ』
出演:ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン、エル・ファニング、モニカ・バルバロ、ボイド・ホルブルック、ダン・フォグラー、ノーバート・レオ・バッツ、スクート・マクネイリー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
2025年2月28日全国公開中
©2024 Searchlight Pictures.
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