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2024/08/29

<ライブレポート>高井息吹、特別なバンド編成で紡いだ生命力あふれる音楽たち

 今年7月に3rd EP『金星の声』をリリースしたシンガー・ソングライター/ピアニストの高井息吹が8月20日、ビルボードライブ東京でライブを行った。高井が本会場でライブを行うのはおよそ一年ぶり。前回は、君島大空、新井和輝(King Gnu)、坂田航をメンバーに迎えた自身のパーマネントバンド「眠る星座」としての公演だったが、今回は『金星の声』のレコーディングにも参加したTaikimenこと山﨑大輝(Per)、CRCK/LCKSのメンバーであり、自身のプロジェクトSTEREO CHAMPでも精力的に活動している井上銘(Gt)、大橋トリオや崎山蒼志らのサポートも務める高橋直希(Dr)、そして優河の「魔法バンド」ほか様々なバンド/プロジェクトに携わっている千葉広樹(Ba)の4人で編成された、一夜限りの“スペシャルバンド”でのパフォーマンスとなった。

 高井息吹の音楽は、水のように変幻自在でありながら、揺るぎない芯を持つ生命力の結晶だ。ピアノの弾き語りから、石若駿やMINAKEKKEといった様々なジャンルのアーティストとのデュオ、そして「眠る星座」や今回のようなバンド編成まで、彼女は毎回異なるアプローチで自身の楽曲に向き合い続けている。その時その場でしか生まれ得ない瞬間が次々と立ち現れるステージは、まさに一期一会。この日の公演でも、彼女が敬愛してやまないミュージシャンたちとの化学変化を楽しみながら演奏している姿がとても印象的だった。

 ライブ冒頭に披露した「tell me」は『金星の声』収録曲であり、これまで何度もライブで披露されてきた彼女の最近の代表曲の一つ。Taikimenによるビブラフォンの温かい音色と、千葉と高橋による寄せては返す波のようなグルーヴ、そして時おりブルージーな響きを交えた井上のギターが絶妙に混じり合い、この曲が持つ壮大な世界観をさらに深化させていく。高井が紡ぎ出すメロディはどこかジョージ・ハリスンの「Isn't a Pity」を思わせ、演奏が進むにつれ次第に高揚感も増していく。

 ピアノの細やかなフレーズに導かれ、まるで朝靄の森を奥深く進んでいくような「地球」、躍動感たっぷりのニューオリンズ・ビートが心を弾ませる「tick a tock,turn in true」を経て、「瞼」へと続く。「瞼」は2020年にリリースされた1st EP『kaléidoscope』に収録された楽曲で、君島大空と新井和樹が共同プロデュースした音源では、生演奏とエレクトロニクスが融合したアレンジが特徴的だった。しかし、この日は高井が演奏する歪んだエレピ、井上のエフェクティブなギター、Taikimenによるコンガが織り成すオーガニックかつアンビエントなサウンドスケープが、楽曲に新たな命を吹き込んでいた。

 「姿の行方」「グッドバイ、グッドナイト」は、2023年にリリースされた全編ピアノ弾き語りの2nd EP『PIANO』収録曲。もちろんこの日はバンド編成で、クラシカルかつ静謐な楽曲を豊かに彩っていく。高橋はブラシやマレットをセクションごとに使い分け、千葉はウッドベースを弓で弾きながら手元のエフェクターで音色を自在に操る一方、高井は右手で鍵盤を弾きつつ左手でパーカッションを鳴らすなど、お互いに演奏で対話をしながら音の実験を楽しんでいるかのよう。そうした高度なインプロビゼーションと、一度聴けばすぐに口ずさめるほど親しみやすいメロディが、何の違和感もなく同居しているのも高井の音楽性の特徴といえよう。

 それを端的に示しているのが、次に演奏された「雨雫のワルツ」だ。高井のカウントにより始まったこの曲は、スウィングするワルツのリズムを基調としながら、刻々と変化していく雨模様をそのまま音像化したような、緩急自在のアンサンブルが特徴だ。「雨雫弾いてうたってるときが1番自由になれて楽しい」と以前、高井は自身のTwitter(現X)につぶやいていたことがある(2014年)。バンドと一体となりながら、否、音楽そのものと一体になりながら歌う彼女の声は、まるで雨雫のように時に悲しく、時に激しく聴き手の心を揺さぶるのだ。

 シンコペーションを多用したリズミカルな演奏が、突如テンポを落としサビのメロディを力強く歌い上げる「プラタナス」も、「tell me」と同様にライブではお馴染みであり、『金星の声』でもひときわ印象に残る楽曲である。幼少期から教会の讃美歌を聴いて育ち、クラシックを経てジャズの肉感的なグルーヴを獲得した彼女の多様な音楽性が、この曲のドラマティックな展開に象徴されていると言っても過言ではないだろう。

 シンセの脇に置かれたカリンバを用いたインプロビゼーションから、「きこえる」そして「走馬灯に映らぬ日々よ」へと繋げたライブ後半は、Taikimenが打ち鳴らす大太鼓の重低音がまるで地響きのように会場を揺るがし、天上から降り注ぐような高井の歌声と混じり合って、聴き手の心を高みへと引き上げていく。そして『金星の声』でも最後を飾る楽曲「ながれぼし」で本編を締めくくり、アンコールではヘンリー・マンシーニの「Moon River」やディズニー楽曲「When You Wish upon a Star」を彷彿とさせる、切なくもノスタルジックな「Lullaby」を披露。ステージ後方のカーテンが開き、六本木一帯を見渡せる夜景と共に「青い夢」を演奏ながら、この日のライブに幕を閉じた。

 なお、『金星の声』を携えての全国ツアー【高井息吹 3rd EP 『金星の声』Release Tour 2024“こえのほしたち”】が9月22日の千駄木 paseleを皮切りに、全国12か所で開催されることが決定している。ピアノ弾き語りやゲストを迎えての公演など、また新たな形で奏でられる『金星の声』の楽曲たちが、どのような表情を見せてくれるのか今から楽しみでならない。


Text:黒田隆憲
Photo:垂水佳菜


◎公演情報
【高井息吹 special band set in Billboard Live TOKYO】
2024年8月20日(火)東京・ビルボードライブ東京
※公演終了

◎ツアー情報
【高井息吹 3rd EP 『金星の声』Release Tour 2024“こえのほしたち”】
2024年9月22日(日)東京・pasele
2024年9月28日(土)岡山・蔭涼寺 ゲスト:浮
2024年9月29日(日)広島・猫屋町ビルヂング ゲスト:畳野彩加(Homecomings)
2024年10月11日(金)大阪・marth ゲスト:Luca Delphi
2024年10月12日(土)愛知・K・Dハポン
2024年10月13日(日)石川・金沢 Taine
2024年10月18日(金)兵庫・神戸 旧グッゲンハイム邸 ゲスト:安藤裕子
2024年10月26日(土)長野・Give me little more ゲスト:Ui iwasaki
2024年11月8日(金)鹿児島・Bar MOJO
2024年11月9日(土)福岡・いとの森の歯科室
2024年11月10日(金)熊本・tsukimi
2024年12月15日(日)東京・yukuido工房 高井息吹 with kinsei ensemble

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