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2023/05/15

<インタビュー>ウェスターマンを知るための9つのこと

 ここでは、米ビルボードによる2023年5月の<インディー・アーティスト・オブ・ザ・マンス>に選ばれた、イギリス人シンガーソングライターのウェスターマン(Westerman)のニュー・アルバム『アン・インビルト・フォールト』が、いかにパンデミック真っ只中のヨーロッパ旅行と実存的危機から生まれたのかを紹介する。

<最新プロジェクト>
2023年5月5日に<パルチザン・レコード>よりリリースされた『アン・インビルト・フォールト』。

<原点>
2016年当時のウェスターマンは現在とは全くの別人だった。プロのアーティストとして活動を始めたころ、ウィル・ウェスターマンは長いカーリーヘアで、しばしばニック・ドレイクと比較されることがあったフォーク・ミュージックを演奏していた。だが、その名が知れ渡り始めたころには大きな変身を遂げていた。現在30代前半の彼は髪を短く刈り上げ、より洗練された服を身にまとっているが、それは彼の音楽の進化も反映している。

2010年代後半にコラボレーションを始めた、同じく英ロンドン出身のプロデューサー、ブリオンの手助けによって、ウェスターマンの音楽はよりエレクトロニックな輝きを放つようになった。様々な音楽ブログで取り上げられた2018年のブレイク曲「Confirmation」を含む彼の初期のシングルは異質なものだった。まるでシンガーソングライターが奇妙で異世界のフィルターをかけられたように。



「Confirmation」以降の道のりは、ウェスターマンの探求的なソングライティングと同様に迂遠だった。彼のデビュー・アルバム『ユア・ヒーロー・イズ・ノット・デッド』は、2019年に完成しリリースする準備ができていたが、“悪い振る舞いをした” 一部の人々などいくつかの障害によって延期されたことを彼はほのめかした。結局リリースされたのは2020年夏で、ウェスターマンはパンデミックのためにツアーやプロモーションをまともに行えなかった。その後、彼は「今後も音楽をリリースし続けたいのか」という信仰の危機と葛藤した。「音楽を作ることに価値があると思えるような頭の状態に戻るのに1年くらいかかった」と彼は認め、「なぜこのようなこと始めようと思ったのかを思い出したんだ」と続けた。

<サウンド>
ここ最近のウェスターマンの音楽のパワーの一部は、歪んだギターとシンセのテクスチャーによるコントラスト、そして彼自身だ。彼は深みのある表現力豊かな声の持ち主であり、それはクリスタルのようでもあり、煙のようなハスキーさも持ち合わせている。子供の頃はクワイアで歌っていたウェスターマンだが、長期にわたるロックダウン生活の中で人間の声と再びつながる方法として、無伴奏のグレゴリオ聖歌に癒しを感じていたそうだ。これは彼に独特のメロディ・センスを与え、通常のポップ・ソングの構成から連想されるメロディ・ラインを超越することを可能にした。

2ndアルバム『アン・インビルト・フォールト』は蛇行する予測不可能な作品になることを意図して制作された。ウェスターマンは、「とても身近に感じられ、さほど造形的ではないものにしたかった」と語り、「呼吸するような質感を持たせたかった」と説明する。当時、彼はポリリズムのループの上でデモを制作しており、次のアルバムを完成させるという意図もなく、自分のために実験と作曲を行っていた。合唱曲の心地よさに加え、彼はクラウトロックにも傾倒していった。「自由な感覚が感じられ、思い通りに表現されたサウンドだった」と彼は振り返り、「あのころ、自分が必要としていた音楽だった」と述べている。



ウェスターマンが奏でるギターが、彼の音楽にとって極めて重要であることに変わりはないが、『アン・インビルト・フォールト』では、その音楽の有機的/人工的な緊張感が新たな極限にまで高められており、パーカッシブなサウンドをバックに彼の声が前面に押し出されている。過去のレコーディングに見られたビートを捨て去った彼は、再び人々のいる環境で生演奏することを望んでいた。もちろんそれが(パンデミックを経て)可能になった時にだ。『アン・インビルト・フォールト』は、曲の端々で揺れ動く、様々な魅惑的なテクスチャーが織りなす、とらえどころのないサウンドを具現化させようとドラムとギターで格闘して作り上げた記録となった。

<アルバム>
すべてが止まってしまったこともあり、ウェスターマンは長年考えていた大きな人生の転機へ踏み出すときが来たと考えたーーアテネへの移住だ。バルカン半島でバン生活を送るという“中途半端な”計画に着手した彼は、ヨーロッパを横断してイタリアの田舎町に住む父親を1週間ほど訪れることにした。だが、新型コロナウイルスのロックダウンの影響で、最終的には6か月も滞在することになった。

その間、ウェスターマンは父親以外の人とほとんど接することがなかった。主に正気を保つために再び曲を書き始めたが、そんな中でニュー・アルバムの形が見えてきた。そこでパンデミック直前のライブで意気投合したビッグ・シーフのドラマー兼プロデューサーのジェームズ・クリヴチェニアにレコーディングを依頼した。ジェームズのタッチやパーカッションへの深い理解によって、『アン・インビルト・フォールト』はウェスターマンが求めていたよりも生き生きとした感覚を持つこととなった。「クリエイティブな面で冒険したかった」とウェスターマンは言う。「それまでに音楽が形になっていた独りよがりな方法から脱却し、成長しようとする方法として、自分には完全に馴染みのない環境に身を置きたかった」と彼は話した。



その過程で、ウェスターマンのソングライティングのエトスの核が失われたわけではない。ゆったりと展開していく音楽のため、曲が脳に浸透するまで時間がかかるが、一度染み込んだら離れないのだ。彼が紡ぐメロディはこれまで以上にゴージャスだ。このアルバムで最も衝撃的かつ息を飲む瞬間のひとつは、彼が「Idol:RE-Run」のコーラスに入るときで、“motherfuker”という言葉から笑ってしまうほどの美を引き出している。(「目が覚めるよね」と彼は言い切る。)一方、「A Lens Turning」では、もつれたグルーヴを巧みに用いて、同じようにもつれた実存的危機をナビゲートするための下支えにしている。アルバムを締めくくる「Pilot Was A Dancer」は、90年代のオルタナティブ・ロックのようなトーンを持ち、ウェスターマンが語る地球上に残った最後の人間についての黙示録的な物語に合わせて、カタルシスをもたらすギターが炸裂する。

自身や他人の様々な経験からインスピレーションを得ているウェスターマンの曲だが、自伝的な内容はほとんどない。同時に、彼は『アン・インビルト・フォールト』の収録曲の多くが比較的暗いテーマを扱っていることを認めており、タイトルは人間の誤りを免れられない性質についての考察となっている。最終的に、彼は再び印象的なアルバムを作ることに成功した。同時に2020年の出来事を経たリセットにも感じられ、彼にとっての再スタートとなったような気もする。

<未来>
最終的にアテネに辿り着いたウェスターマンが、そこで過ごした最初の日々はワイルドだった。活動再開したばかりの街では、夜通しパーティーが行われていた。『アン・インビルト・フォールト』のシングル曲のひとつである「CSI: Petralona」は、彼の実生活に直接関連する珍しい曲で、“臨死体験”と見知らぬ人の親切に触発されたものだ。しかし、それ以降、彼はギリシャでの新しい生活に馴染んでいるようだ。



「ロンドンとは正反対だ」と彼はじっくり考えながら話すと、「ペースが遅いし、かなり混沌としている。うまく機能するものはほぼないけれど、それがうまく機能するところには奇妙な内部的な論理があるんだ」と続ける。

ウェスターマンは、英ロンドン、そして西ヨーロッパと北米の音楽業界の中心地から少し離れたことで、クリエイティブ面で一層と頭が冴えたことを実感している。ミュージシャンとしての自分の人生を問い直したことは、彼に再び活力を与え、冷静さを取り戻すことができた。「5人が聴いても、5000人が聴いても変わらないんだ」と彼は言い、「音楽を制作する上で規模は関係ない。それを思い出すと、とても救われる。今後も何らかの形で続けていく。自分に必要なことだとわかっているから」と続ける。そして、すでに新しいアルバムのレコーディングを終えようとしていることを明らかにした。

<愛用する機材>
「このメリス・ヒドラというペダルが気に入っている。ピッチシフターが3つあって、ディレイとフィードバックの2次機能が付いている。声とこのペダルだけでアルバムを1枚作りあげることができるんじゃないかな。閉じこもって行う課題としては面白いと思う。自分自身もまだ完全には理解できていない。奥が深い機材なので、その半分も使いこなせてない感じだね」

<もっと注目されるべきだと思うアーティスト>
「大勢いる。フォーク・リバイバルに近い、やや感傷的で、悲しくも美しいミニマル・ギターを奏でるシンガーソングライターのクララ・マンというアーティスト。昨日、彼女の作品を聴いてとても楽しめたので、今日はそれでいこうと思う。文字通り何千人もいるので難しい質問だね」

<音楽業界で変えるべきだと思うこと>
「アーティストの保護が不十分だと思う。業界全般で言えることだけど、特に若いアーティストを保護する対策は十分とは言えない。使い捨ての文化があり、長く業界にいるような人々が、若い人たちが才能を提供するときにその善意やナイーブさを利用するようなことがあっても、あまり多くの責任を問われない。洗濯機を設計するのとはわけが違う。全く別物なんだ」

「もし人々が未熟さゆえに搾取されたとき、それを行った人たちが何らかの方法で責任を取れればいいと思う。現状では何もない。こういうことが起こった時に相談できる組織はとても少ないように思える。そのようなことによって、一般的に経済的、精神的な負担を負うのは、それに対処する能力が最も低い人たちなので、この不均衡は正しくない」

<新人インディー・アーティストが心に留めるべきアドバイス>
ウェスターマンはしばらく立ち止まり、そしてシンプルに「続けること」と語った。

◎リリース情報
アルバム『アン・インビルト・フォールト』
2023/5/10 RELEASE
PTPS20CDJ 2,400円(plus tax)

Interview:Ryan Leas / Billboard.com掲載