2022/01/19
2度の来日を果たした2015年以降、日本でもコアなファンから高い支持と人気を獲得し続けている英グロスターシャー出身のシンガーソングライター、FKAツイッグス。
2013年に英ロンドンのレーベル<ヤング・タークス>と契約を交わし、翌2014年にデビュー・アルバム『LP1』を発表。本作は米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で最高30位、UKアルバム・チャートでは16位をマークし、翌年の【ブリット・アワード】や【BETアワード】にノミネートされる等高い評価を受けた。それに続く2作目のアルバム『マグダレン』(2019年)は、『LP1』ほどの商業的成功は得られなかったものの、キャリアと様々な経験を重ねたが故の思想、本質を曝露した傑作で、内容の充実度では“それ以上”と評価するリスナーも少なくないだろう。
彼女が初めてリリースしたEP『EP1』から約8年、正式なフル・アルバムとしてはまだその2枚しか世に送りだされていない。そして本作『カプリソングス』も、それに続く3作目ではなく、あえてミックステープという形で発表された。なお、ミックステープとしての作品はこれが初で、<アトランティック・レコーズ>移籍第一弾となる。本人によると、タイトルには「大切なものを集めて表現したもの」という意味が込められているそうで、前作より前向きな“自身の再生”と、音楽的にも新しいスタイルが取り込まれている。
1stシングルの「Tears in the Club」は、本作の1週間前に新作『ドーンFM』を発表したザ・ウィークエンドとのコラボレーション。その『ドーンFM』では80年代を基としたテクノ~ディスコ・ファンクで愉しませてくれたザ・ウィークエンドだが、この曲ではしっかり線引きしアヴァンギャルドな手法を用いたアート・ポップで魅了する。解放的で自由度の高いコンテンポラリー・ダンス、他者の目を気にしない自分全開なファッション&メイクで独特のパフォーマンスを披露するミュージック・ビデオも、奇抜な世界観にフィットした芸術作品。
「Tears in the Club」のプロデュースを務めたのは、これまでの作品で重要なポジションを確立したべネズエラ出身のトラックメイカー/プロデューサー=アルカと、そのザ・ウィークエンドやリアーナ、カニエ・ウェストなど多くのヒット曲を輩出してきたサーキット。本作には、その他ケンドリック・ラマ―の片腕で知られるサウンウェーヴやフレッド・アゲイン(エド・シーラン、ストームジー等)、元シカゴのジェイソン・シェフ等が参加している。
この「Tears in the Club」でも“それ”をにおわせるようなフレーズがあるが、本作には交際中に性的および精神的な虐待を受けたと主張した元恋人のシャイア・ラブーフについて触れた(であろう)曲もいくつかある。米ロンドンの街頭で撮影したダンス・ビデオと合わせて聴きたいオープニングの「Ride the Dragon」も、冒頭の「あなたにミックステープを作った」という呟きや、見事な口さばきで想いを吐き出す歌詞が、捉えようによっては……?
2ndシングルの「Jealousy」は、ナイジェリアのラッパー/シンガーのレマをフィーチャーしたアフロビーツ・スタイルのダンス曲。本業であるレマはもちろん、絶妙な歯切れの良さと宙に浮くようなハイトーンをフィットさせたFKAツイッグスのボーカル・ワークが曲の持ち味をより引き立てる。その他にも、英BBCの【サウンド・オブ・2021】で1位を獲得したパ・サリューの見事なラップさばきに思わず腰が浮く「Honda」や、英国のクラブ・シーンで重要なポジションを確立したシャイガールとのコラボレーション「Papi Bones」でも、UK産ダンスホールを体感できる。後者は、鳴り響くアラームとスチール・ドラムがR&Bの要素を強めていて、リアーナを覗かせる一面も。
R&B“寄り”でいえば、ラップを絡めた浮遊感漂うミディアム「Oh My Love」や、カナダの有望な新興株ダニエル・シーザーのまろやか且つ力強いボーカルが光るドリーミーな「Careles」も傑作。両曲とも清涼感ある高音が聴きどころで、デニース・ウィリアムスやミニー・リパートンといったレジェンドへの敬意も伺わせる。ディストピアが客演した「Which Way」も浮遊するボーカルに浸っていたい中毒性と、レゲエをルーツとした独特のサウンド・プロダクションが魅力的。ゲストが参加した曲では、ジョルジャ・スミスのハスキー・ボイスと アンノウン・Tの高速ラップを交えた「Darjeeling」も、彼らの作品にもあるUKドリルやトラップ風のビートが唸る傑作。
その他、自身が曲を提供する等接点のあるチャーリーXCX風味の「Meta Angel」や、昨年急死したソフィーを想起させるポップ・ソング「Pamplemousse」、オリエンタルな雰囲気を織り交ぜたドラムンベース「Minds of Men」など、曲調が変わっても柔軟に対応できる彼女のパフォーマンス力には脱帽する。ラップをしたりソプラノ歌手のような歌い回しがあったり、なんとも器用な人だ。その集大成ともいえるのが「Lightbeamers」で、ベースとハイハットを交互に入れ込む掴みどころのないリズム、ワルツ~エレクトロR&B~レトロ・ポップへ目まぐるしく移行する展開、苦渋の闇・怒号が渦まくコーラス……と、ごった感はあれどそれをひとまとめにしてしまう神業には恐れ入る。
そんなこんなを経て、最後に「Thank You Song」で伝えるのは自身の正直な気持ち。それは、死にたいと思っていたという負の感情から大切な人達への感謝~愛全てで、この曲で締め括ることが新しい旅立ちに繋がる、そんな風にも受け取れる。機械的だが生々しいバラードは、FKAツイッグスの創造的発想がいかに厳密であるかを物語り、解き放たれた感覚をも生み出す。以前は知らなかった何かを発見したのは、我々リスナーではなく彼女自身かもしれない。よって、3作目のアルバムの完成が実にたのしみだ。
なお、2020年11月に開催されたデュア・リパのオンライン・ライブ【Studio 2054】で披露したコラボレーション「Why Don't You Love Me」は、大きな話題を呼んだものの本作には収録されていない。
Text: 本家 一成
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