2021/12/09
カリードは、昨今の主要男性R&Bシンガーの中で「新作のリリースが待望される」アーティストの一人といえるだろう。それは、絶大なインパクトを植え付けたデビュー・アルバム『アメリカン・ティーン』(2017年)、「Better」&「Talk」の2大ヒット輩出した2ndアルバム『フリー・スピリット』(2019年)いずれも甲乙付けがたい傑作だったからで、「次はどのステージに踏み出すのか?」と期待値が高まるのも当然。
その間には、ディスクロージャーとコラボレーション「Know Your Worth」(2020年)や、ケーン・ブラウン&スウェイ・リーとの「Be Like That」(2020年)などをヒットさせ、今年の夏にはコロナ禍を経て感じた想いや周囲の状況等を歌った「New Normal」をリリース。同曲を発表した際、秋には『フリー・スピリット』に続く3作目のスタジオ・アルバム『エヴリシング・イズ・チェンジング』を発表するとの告知がされ、ファンはそれを待ち望んでいた。
『エヴリシング・イズ・チェンジング』の延期が続く中、突如リリースされた本作『シーニック・ドライブ』。ミックステープという形態で、タイトルも異なる。カリードのハスキーでまろやかなボーカルが映える「New Normal」も収録されていない。若干の混乱が生じた……ものの、フタを開けてみればカリードの本質を体感できる有意義な作品であり、新作の合間に発表“すべきだった”か、理解できたような気がする。
「Scenic Drive(眺めのいいドライブ)」というコンセプトに則り、オープニングは車内からお届け。エンジンをかけカーラジオを“ON”にすると、自身の曲がランダムに流れ、R&B界の重鎮アリシア・キーズが「ご乗車ありがとうございます。リラックスして“シーニック・ドライブ”を楽しんでください」とリスナーを高速へと誘う。なんとも素敵なイントロだ。
アリシアの声に誘導されてはじまるのは、リード・シングルとして発表した「Present」。極上のメロディを乗せたマックスウェル~ミュージック・ソウルチャイルド直系のスムース&メロウは、『フリー・スピリット』より『アメリカン・ティーン』に近いテイストで、まさに“本領を発揮した”といえる絶品。甘い夜のひと時を綴った歌詞も「シーニック・ドライブ」に直結する。ミュージック・ビデオでは、仲間と軽やかなステップを踏むお得意のダンスも披露した。しいていえば、2分半という尺の短さだけが心残り。
続いて流れる「Backseat」も、お得意のファルセットとバリトンを巧みに使い分けたアーバン・メロウ。40代以降の世代には「90年代風」という意味で“懐かしさ”も感じられるだろう。タイトルからも想像できるが、この曲でも車内で思い更けるもどかしい感情が歌われていて、全9曲の中でもカバー・アートのイメージに最も近い内容といえる。冒頭では「車の窓を開けて雑草を吸う」シーンが描かれているが、次の「Retrograde」でも同様の場面が綴られている。が、カリードは(おそらく)非喫煙者……?
その「Retrograde」は、米アトランタのラッパー6Lack (ブラック)と米ニューオリンズ出身のR&Bシンガー=ラッキー・デイをフィーチャーした、90年代R&Bの肌触りを効果的に浮き上がらせたミディアムで、3者のコーラス・セクションが違和感なく溶け合った傑作だ。前曲は歌詞が、同曲はサウンドがジャケ写のイメージそのまま、夜の高速を駆け抜けたくなる雰囲気を醸す。
米LA出身の女性シンガー=クインとのコラボレーション「Brand New」では、彼女の猫なで声が曲にアクセントを与え、対照的な声質で同じ旋律をコール&レスポンスする。同様に、米LAを拠点とする奇才キアナ・レデが客演を務めた「Voicemail」も、キアナの線の細いボーカルを活かしたハーモニーと、アコースティック・ギターの旋律が心地よい都会的なスロウジャムで、いずれも男女間のすれ違いがテーマとなっている。そんなこんなを思い更けるのも、夜のドライブの醍醐味……か。
米アトランタ出身のラッパー=J.I.D(ジェー・アイ・ディー)のラップをフィーチャーした「All I Feel Is Rain」は、 アッシャーの出世作『マイ・ウェイ』(1997年)を引用したような、こちらも90年代マナーに則ったアップ・チューン。 そう意識してしまうと、歌い回しもアッシャーをそのまま引き継いだような印象否めず。 ドレイク率いる<OVO SOUND>所属のマジッド・ジョーダンを招いた「Open」は、その『マイ・ウェイ』のもう少し後、2000年代初期のUKソウルを彷彿させるミディアムで、こちらはクレイグ・デイヴィッドの影が伺える。サウンドは、ロドニー・ジャーキンスあたりが濃厚。
最終トラック「Scenic Drive」は、米セントルイス出身のラッパー=スミノと、米ワシントンD.C.出身のシンガー・ソングライター=アリ・レノックスの2人が参加した、本作の核となる傑作。スミノの主張し過ぎないクールなボーカル&ラップ、前2者とは対照に力強いボーカルを披露するアリ・レノックスのパフォーマンスもさることながら、カリードの独自性がさらに深化したすばらしい出来で、歌詞のムードとビートの融合感も最上級。わずか29分弱の短いドライブながら、充実感はその何倍にも膨らむ。
前述のとおり、3枚目のスタジオ・アルバムでなかったのは残念なところだが、ミックステープということは新作に向けてのプロモーションと捉えてもいいはずで、次作『エヴリシング・イズ・チェンジング』がこの路線で完成すると想定すれば、期待はさらに高まる。捉え方によっては無節操ともいえる幅広いキャストも上手く起用されているし、前2作にはなかった余裕や包容力も心なしか“増した”ように思える。パンデミックを受けて変化した感情も、新作では大いに表してほしい。
直前には、マライア・キャリーとカーク・フランクリンのコラボレーション「Fall in Love at Christmas」をリリースしているカリード。ゴスペル・アルバムやホリデー・アルバムの挑戦も、いずれはありそうな予兆をみせた……か?
Text: 本家 一成
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