2021/10/21
2019年の全米年間アルバム・チャートを制した『ホエン・ウィー・オール・フォール・アスリープ、ホエア・ドゥー・ウィー・ゴー?』に続き、今年7月にリリースした2ndアルバム『ハピアー・ザン・エヴァー』も全米/全英チャート他、主要各国で1位を獲得したビリー・アイリッシュ。彼女の成功は持ち前の才能とスター性、そしてプロデューサーである兄フィニアスあってのもの……ということは、<最優秀プロデューサー賞>を受賞した【第62回グラミー賞】で証明された。
とはいえ、フィニアスは自身がアーティストとしての作品を手掛ける際に、ビリー・アイリッシュの成功を醸さず、プロデュースとアーティストとしての作風を明確に線引きしている。2019年10月にリリースした初EP『ブラッド・ハーモニー』も、体験に基づいた歌詞、アコースティックを主流としたサウンドなど、自分らしさが詰まっていた。
その『ブラッド・ハーモニー』から2年の間、ビリーのプロジェクトと並行してジャスティン・ビーバー、キッド・カディ、セレーナ・ゴメスなど人気アーティストに曲を提供し、アッシュとのコラボレーション・シングルやクリスマス・ソングなどの変化球含む、自身の作品もコンスタントに発表してきた。
本作『オプティミスト』は、それらの活動・活躍を重ねて完成させたデビュー・アルバム。米ロック・ソング・チャートで35位に、セルフ・タイトルとしては初めてチャートにランクインした「ホワット・ゼイル・セイ・アバウト・アス」、直近のシングル2曲「ア・コンサート・シックス・マンス・フロム・ナウ」と「ザ・ナインティーズ」も収録されたが、昨年のシングル「キャント・ウェイト・トゥ・ビー・デッド」や「アメリカン・クリシェ」など、いくつかの曲は外されている。
「ホワット・ゼイル・セイ・アバウト・アス」のリリースは遡ること昨年の9月で、その2か月前に新型コロナウイルス感染による合併症で死去したブロードウェー俳優の故ニック・コルデロ、そして同じように苦しむすべての人に捧げたのだという。ピアノ主体のうら悲しいメロディラインが「哀悼を捧げる」感じを醸している……ようにも聴こえるが、哀しみに溢れた曲ではない。そもそもは、同年6月に米ロサンゼルス・ダウンタウンで行われた抗議デモに触発されたことがキッカケで、人種差別や不平等、そしてコロナ感染や新しい生活様式による不安が払拭され、希望に満ちた未来になってほしいという願いが込められている。
「ア・コンサート・シックス・マンス・フロム・ナウ」は、パンデミックで行けなくなってしまったコンサートがテーマの曲で、誰もいない会場のステージで歌うミュージック・ビデオも、元の日常と大歓声の憧れが伝わる前向きな内容だった。贅を尽くしたアコースティック・ギターの演奏、繊細で表現力の高いボーカルもすばらしい。
「ザ・ナインティーズ」は、インターネットが一般レベルに普及する前=90年代への回想を記した曲で、徐々に声がエフェクトされ、インダストリアルに変化していく展開は、デジタルに汚染されていく時代の流れを音で表現したかのよう。昨今の若手アーティストは、ネット(SNS)における依存や精神的苦痛を作品を通じて訴える傾向にあり、その深刻さを物語る。エルトン・ジョンの「ベニーとジェッツ」(1974年)を彷彿させる「ザ・キッズ・アー・オール・ダイイング」では、そのまた下の世代(子供たち)への安否が問われた。
「ハッピー・ナウ」や「オンリー・ア・ライフタイム」も同様に、不安を抱える子供たちへのメッセージが綴られている。「ハッピー・ナウ」は、前述の『ハピアー・ザン・エヴァー』に収録された「ビリー・ボサノヴァ」~シュガー・レイやハリー・スタイルズを引き継いだサーフ・ロックの爽やかさが、「オンリー・ア・ライフタイム」は、丁寧に紡ぐピアノ・バラードが歌詞の説教臭さを緩和させる。『ハピアー・ザン・エヴァー』からは、ラップを絡めたボーカル、ファンキーなトラックが「オキシトシン」を彷彿させる「アラウンド・マイ・ネック」も“フィニアスらしからぬ”感じが逆にいい。
インタビューで「暗く落ち着いた赤」とイメージした「ラヴ・イズ・ペイン」は、色味に見合った愛の重み、感傷的な気持ちを歌ったクラシカル・バラードで、アルバムの発売同日に復帰したアデルの「ハロー」(2015年)に匹敵する重厚さがある。後部座席で憂げな表情をみせるMVもしかり。練習曲というよりインスピレーションで即興したようなインストルメンタル「ピーチズ・エチュード」もそうだが、『ブラッド・ハーモニー』と比較するとピアノ主体の曲が増えた印象を受ける。
心臓の音を再現したビートにやるせないメロディを付した「ハート・ロッカー」、同路線のバラード「サムワン・エルシズ・スター」、中世の歴史を用いたやや難解な曲「ミディーヴァル」は、アーティストの成功と引き換えの代償、不安や鬱々しさが読み取れる。こうして重苦しい課題が続くが、最後はディスコ・ステップに解放感ある高らかなコーラスが舞う「ハウ・イット・エンズ」で幕を閉じ、アルバム・タイトルである「楽観主義者」を示した。楽観的であることは、パンデミックで冒された精神状態を回復するための重要なメッセージ……そう捉えることもできる。
ピアノ曲からインディー・ロック、オルタナティブ、バロック・ポップと時代の垣根、ジャンルを超越 した細部へのこだわりと遊び心が感じられるサウンド、温かみあるメロディー・ライン、どの世代にも通じる人間味あるメッセージから、プロデューサー業でもアーティストとしても正当に評価されるべく存在であることを本作をもってアプローチしたフィニアス。ひとりのアーティストとしてはもちろん、ビジュアルのクオリティが高いことも、もっとフィーチャーされていいと思う。
Text: 本家 一成
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