2021/08/02
真新しいサウンドと中毒性の高いウィスパー・ボイス、独自の世界観でリスナーを魅了したデビュー・アルバム『ホエン・ウィ・オール・フォール・アスリープ、ホエア・ドゥ・ウィ・ゴー?』から約2年、新型コロナウイルス感染症のもたらしたパンデミックを経て完成させたビリー・アイリッシュの2ndアルバム『ハピアー・ザン・エヴァー』。直訳すれば「これまでで一番幸せ」という一見ポジティブなテーマだが、入り組んでいる彼女の複雑な想い……諸々が含まれている。
2019年、わずか17歳であの大作を世に送り出し、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”では女性ソロ・アーティストのデビュー・アルバム首位獲得最年少記録を更新。同年の年間アルバム・チャートでは1位に輝く大偉業を達成したビリー・アイリッシュ。イギリスをはじめとしたヨーロッパ諸国、カナダ、オーストラリア等の主要国でもNo.1を記録し、日本でもドラマ主題歌に起用された「bad guy」のヒットを受け、若者を中心に多くのファンを獲得している。
翌2020年の【第62回グラミー賞】では主要4部門を独占し、今年3月に開催された【第63回グラミー賞】でもシングル「everything i wanted」が<年間最優秀レコード>を史上最年少の19歳で2年連続の受賞を達成した。何とも輝かしい功績だが、本人もついていけないスピード感でスターダムを駆け上がったことは、時に彼女を苦しめる原因となったこともある。ネットの誹謗中傷やメディアの取り上げ方、時にはアーティストからも“標的”の如く乱暴に扱われた様子はいたたまれなかった。
1年前に発表した本作の1stシングル「マイ・フューチャー」には、そういった雑音を一掃して強く生きる“自身の理想像”が画かれている。前述の「everything i wanted」は見送られ同曲が収録に至ったのは、本作『ハピアー・ザン・エヴァー』の軸となる内容だからだろう。「マイ・フューチャー」は、デニース・ウィリアムスのような清涼感あるメロウを前半に、オルタナ・ヒップホップ風のアップを後半に展開する2部構成のナンバーで、忍ばせる“黒さ”など前作にはなかったテイスト、アーティストとしての向上心が伺える。曲のイメージをそのまま画にしたアニメーションによるMVも芸術的だった。
その「マイ・フューチャー」はじめ、前作に続きトータル・プロデュースは兄のフィニアスが担当。ほぼ全曲を、自粛期間中に米LAの自宅レコーディング・スタジオで完成させたのだという。同様にゲスト・クレジットもなく、大まかな作りにおいては劇的な変化もないが、デビュー作ならではの気迫や10代特有の不安定さ~攻撃性は若干緩和され、サウンド面においても著しい成熟がみられる。
アルバムは、何もない宇宙を漂っているような閑靜の「ゲッティング・オールダー」で静かに幕開けし、静寂な空間から一転、超機械的・近未来的なデジタル・ホップ「アイ・ディドゥント・チェンジ・マイ・ナンバー」へと転調する。どちらも前作の雰囲気を継承しているようで、聴き比べてみると“なかった”要素が随所に伺える。パパラッチから逃れる様を歌った次曲「ビリー・ボサノヴァ」は、ラテンやボサノヴァといった伝統的なワールド・ミュージックを自己流にアレンジした、エキゾチックな雰囲気の意欲作。この大人っぽいムードは、17歳当時では表現できなかっただろう。
「マイ・フューチャー」を挟み、00年代後期のファレル・ウィリアムスを彷彿させるノイジーなデジタル・ポップ「オキシトシン」へと繋ぐ。「オキシトシン」とは、主に女性特有の機能に必須なホルモンで、この曲では愛や性、人間関係の構築に関連したニュアンスとして表現されている。曲中では、オーガズムともとれる(?)ボーカル・ワークや心音の高さを示すサウンドがあったりと、歌詞に沿ったユニークな演出がみられた。
聖歌のように美しいアカペラを前編に、後編はエレクトロ・ポップで展開する「ゴールドウィング」から、ベース・ラインをアクセントにしたトリップ・ホップ「ロスト・コーズ」、優しい旋律のソフト&メロウ「ハレーズ・コメット」と個性の違う曲が続き、中だるみさせない。「ハレーズ・コメット」では“これまでのビリー・アイリッシュ”を払拭すべく母性のような包容力あるボーカルを披露。ワルツのように穏やかなアウトロも甘美で、聴き終えた後独特の高揚感に浸ることができる。
次の「ノット・マイ・レスポンシビリティ」は、5月末に公開したショート・フィルムで話題を呼んだ曲……というより“訴え”に近いナンバー。SNSやメディアが批判した彼女の体系やファッション、生き様について反論したもので、歌ではなく御経風の語り口調、重低音と木魚のような一定のリズムがその“怒り”や“嫌厭”といった負のオーラを強調させる。禍々しい雰囲気だが、本作における重要性の高い一曲。その続編的な内容を綴ったテクノっぽい「オーヴァーヒーテッド」、死について独自の解釈を示した悟りのバラード「エヴリバディ・ダイズ」もいい曲。
12曲目は、4月にリリースした3曲目のシングル「ユア・パワー」。アコースティック・ギターによるシンプルな演奏と透き通ったビリーのボーカルによる、シングルとしては異例のフォーク・バラードで、魂が浄化されるような“浮き上がり”を感じられた。曲調とは対照に、権力でねじ伏せる悪魔のような“誰か”について触れた歌詞は強烈。自身が監督を務めたミュージック・ビデオでも、広大な大地にひとり座るビリーに巨大なアナコンダがまとわりつく歌詞の毒々しさを表現した。前述の「ロスト・コーズ」でも「前はそうじゃなかったのに“変わってしまったどうしようもない奴”」について歌われていて、ねじ曲がった人間関係諸々が伝わってくる。
「ユア・パワー」に続くのは、最新シングル「NDA」。この曲でもストーカー被害や確証のない誹謗中傷、キャリアチェンジを連想させるフレーズなど、若くしてスターダムを駆け上がった苦悩が歌われた。同世代では、今年大ブレイクを果たしたオリヴィア・ロドリゴもデビュー作『サワー』で同様の悩みを打ち明けていて、かつては強さこそ成功した女性アーティストの象徴……的なイメージがあったが、昨今はこうした弱さを明るみにすることがトップスターの傾向にある。ナイン・インチ・ネイルズを彷彿させるインダストリアル・ロックからスピードを上げて、間髪入れずに1stシングル「ゼアフォー・アイ・アム」へ、このエンディングへ盛り上がりを最高潮にもっていく構成もすばらしい。
「ゼアフォー・アイ・アム」は、ラップのように言葉を繋ぐ1st路線のダーク・ポップで、米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”では初登場2位を記録。その他、イギリスやカナダでも同2位にランクインするなど各国でTOP10入りを果たすヒットとなった。この曲でも前曲同様、自身の成功に噛みつき便乗しようとする“奴ら”に対し、注目もさせないし利用もさせないと強い訴えを示した。
3曲のシングルを経て展開するのは、アルバムのハイライトとなる「ハピアー・ザン・エヴァー」。幸せの絶頂からどん底に落ちる様を歌った切ない曲で、その心境の変化を前半にオーガニックなララバイ、後半はピンクのような迫力で圧倒させる壮大なロッカ・バラードで表現した。本来はこの曲で締め括る予定だったそうだが、ネガティブな雰囲気を中和させるべく古典的なカントリーやフォーク・ミュージックをリアレンジしたバラード「メール・ファンタジー」で幕を閉じた。
曲によっては清涼感あるネオソウル~ジャズ、イージーリスニングやクリスチャン・ミュージックのようなテイストも取り入れていたと、意欲的な姿勢がみられた本作『ハピアー・ザン・エヴァー』。1stほどのインパクトには欠けるが軸にブレはなく、脱エレクトロにもチャレンジした曲のクオリティと意思の強さでいえは本作に軍配が上がる。奇抜さには欠けるカバー・アートも、曲の雰囲気からすれば納得の出来栄えだ。
本作によって、彼女のシーンにおける地位がさらに向上することは間違いない。前作の成功を引きずらず、こういった作風に仕上げたことは逆に効果的だったと思う。それを聴いたファンも「これまで以上に幸せになる」と確信できる。
Text: 本家 一成
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