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<インタビュー>TOKYO SOUND JOURNEY――SO-SOが山手線30駅を音で表現したコンセプトアルバム『SO-SO SPINS TOKYO』

インタビューバナー

Interview & Text:黒田隆憲
Photo:興梠真穂


 山手線30の駅をめぐりながら、東京という都市の「音」を再構築する──。ヒューマンビートボクサー/音楽プロデューサーであるSO-SO が制作したコンセプトアルバム『SO-SO SPINS TOKYO』(以下、SSST)は、各駅や街中でフィールドレコーディングした音素材、ビートボックスとボーカル、そしてユーモアと社会風刺が混じり合ったポップでダンサブルな名作だ。

 本作のリード曲である「TOKYO」には、現代都市への皮肉と希望が織り込まれ、日本語詞ならではの切実さがにじむ。山手線の内回りの順に進む楽曲は、最終トラック「YURAKUCHO」から再び冒頭曲「TOKYO」へとスムーズにループするミックステープ形式が採用されており、実際に山手線に乗りながらSSST を聴いていると、駅を巡るタイミングがほとんど遅延なくリンクする。

 「都市」と「音楽」を結びつけるようなこのアーティスティックでエンターテイメント性あふれる作品は、どのように生まれたのだろうか。

山手線とともにループできる1枚のアルバムにしたら面白いんじゃないか

――『SO-SO SPINS TOKYO』というプロジェクトはどのように始まったのでしょうか。

SO-SO:最初にお話をいただいたのは1年以上前です。あるクリエイティブチームの方々からご連絡をいただいたのですが、その時点ではまだ「SO-SO SPINS TOKYO」というタイトルもなく、「山手線で曲を作る」という大まかなコンセプトだけがありました。 最終的に、ギターエフェクターなどで知られるBOSS(Roland)さんとご一緒することになったんです。


 BOSSは、僕が愛用しているループ機材「ループステーション(注1)」のメーカーでもあって、自分の音楽スタイルともすごく相性が良い。だからこそ「自分がやらなければ」という気持ちにもなり(笑)、「ぜひやらせてください!」と即答で参加を決めました。「ループステーションを使って山手線で音楽をつくる」という基本のアイデアは最初からあったのですが、そこからどう展開するかは自分でも考えましたね。「山手線は全30駅あるし、実際の駅間の所要走行時間を、各楽曲尺と同じ『タイム感』でループできる1枚のアルバムにしたら面白いんじゃないか」と提案したところ、そのアイデアをすごく気に入ってもらえました。





――「全30駅をループさせるアルバムにする」という発想は、どこから生まれたんですか?

SO-SO:もともと僕、企画やギミックを考えるのが好きなんですよ。今回も「山手線で曲を作る」という前提があったからこそ、「どうせやるなら、とことん凝ったものにしたい」と。山手線の駅って1番から30番まで駅番号 が振られていて、東京駅が「1番」、有楽町が「30番」なんです。それを知った時、「この順番で曲を並べたら、山手線としてもアルバムとしても1周する 構成になるな」と。

 さらに路線図を眺めていたら、「これって音楽の五度圏(注2)と似てるかも」とひらめいて。五度圏って、Cを起点に5度でキーが展開していく円形構造になっていて。それが山手線の環状性と重なったんですよ。だったら東京駅=1曲目=Cキーにすればいい。Cって「センター(Center)」でもあるし、 東京駅は日本の中心だし、ピアノでも基本のキーですよね。そこから五度圏に沿ってキーを配置すれば、 内回り(反時計回り)でC→F→Bbという風に転調していくので、音楽的にも自然に聴けるし、「これはもうこの構成しかない」と確信してからは、一気に制作に入りました。


――最初に決めたのは、そういう構造的な部分?

SO-SO:むしろそこを先に固めないと、きれいにループできないなと。だからまず「骨組み」から組み立てました。駅ごとのエリア分け、タイム、BPM、ジャンルをすべて表に まとめて一覧にしたんです。中でも最初に考えたのが、アルバムの始まりと終わり──つまり「TOKYO」と「YURAKUCHO」のつなぎ方でした。

 よく駅で流れる「ピーンポーン」っていう発車音、あれって誰でも自然に聞き流しているけど、実はすごく馴染みがあるし、「ソ」と「ミ」の2音でできているんです。だから音的にも使いやすくて、そのまま「TOKYO」と「YURAKUCHO」のつなぎに使いました。これを挟むことで、音の文脈的にもすごく自然になる。それにBPMの面でも、東京が132、有楽町が176で、これって3:4の整数比になっているんです。だから「ポリリズム」的に、どちらのテンポでも違和感なく聴こえる。





「TOKYO」





「YURAKUCHO」


――ジャンルの決め方も、やはり駅の雰囲気を意識しましたか?

SO-SO:まず僕自身ダンスミュージックが好きなので、全体としては打ち込み系のサウンドでまとめようと決めていました。ただ、ダンスミュージック といってもいろんなスタイルがありますよね。その中から自分の得意なジャンルを活かしつつ、各駅に「タグ」をつけていくような感覚で選んでいます。

 理想は、音を聴いただけで「あ、この駅っぽいな」と思えるような曲にすること。たとえば東京駅は「都会っぽさ」を、秋葉原は電子音やテック感を前面に出して、「らしさ」を意識しました。難しかったのは、僕が降りたことのない駅で、その街の雰囲気がイメージしづらかった駅ですね。 西日暮里とか田町とか……そのあたりは正直、ちょっと「ごり押し」になっちゃったかもしれません(笑)。


――新宿や池袋はどうでした?

SO-SO:新宿では、歌舞伎町で流れているアナウンスを実際に録音して、それを加工して使いました。あとはフィルターをかけたり、ゴジラを彷彿とさせるような、分厚くて巨大なブラス音を混ぜたりして、アグレッシブな サウンドに仕上げています。

 池袋もビックカメラの本店 やサンシャイン水族館があったり、秋葉原に次ぐサブカルの街でもあったりするので、音の方向性はすぐに思いつきました。そういうふうに「キャラが立っている 駅」って、サンプリングもしやすいんですよ。音素材としても個性があるので、そこに自分の音をどう重ねていくか、すごく楽しい製作時間でした。

 逆に、そうじゃない駅──たとえば9曲目の「TABATA」なんかは、イメージを膨らませるのが本当に難しくて(笑)。ああいう地味な駅こそ、アイデアを絞り出すのに苦労しましたね。





「TABATA」


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東京で行き交う音にビートボックスを乗せて

――「TABATA」は面白かったです。駅名をひたすら連呼するのも、子供たちの遊ぶ声も。

SO-SO:駅名の連呼はネタっぽいですよね(笑)。「グーとパーで分かれましょ」という子どもの声は、田端の小さな公園というか、ちょっとした遊園地みたいな場所で フィールドレコーディング しました。スタッフさんが録ってくれた素材なんですが、「これ最高じゃん!」と思い、そのまま使っています。

 「UENO」も自信作ですね。動物園があるので、「動物=ジャングル」的なイメージで、ちょっとデフォルメしたサウンドにしました。完全に拡大解釈ですけど(笑)。巣鴨も友達が多くてたまに遊びに行くんですが、山手線の中でも特に穏やかなイメージがあって。なので、あえてビートを抜いて、メロディーと和声だけで聴かせるアンビエントっぽいパートを作りました。





「UENO」


――アンビエントでいえば「OTSUKA」は特に好きな曲です。あと「EBISU」のシャッフルビートも異色ですね。

SO-SO:恵比寿って 「大人っぽくておしゃれな街」って雰囲気がありますよね。しかも、たまたま駅前でストリートミュージシャンのサックス奏者の方に出会ったんです。アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズの有名なスタンダード曲「Moanin’」を吹いていたんです。「これは!」と思ってiPhoneで録音しました。ただ、そのまま使うと面白みに欠けるなと思い、 サンプラー的に切り貼りして構成をガラッと変えてます。ピッチもかなりいじっていて、原曲を知っている人でもまず気づかないんじゃないかな。

 あの「シャッフルっぽいノリ」も、その素材から自然に生まれたんですよね。スイング感というか、ちょっとゆったり揺れる感じがすごくしっくりきた。恵比寿の曲がちょうど空気感の切り替わりになるパートだったので、そこから3〜4曲はグルーヴ重視のシャッフル〜スイング寄りでつないでいきました。

 あと、エビスといえばビールの音は外せないなと思って。ちゃんとコンビニでヱビスビールを買ってきて、家でプシュッと開ける音を録音しました。





「OTSUKA」


――「HARAJUKU」の、プリクラで流れる「3・2・1…」の音もすごく印象的でした。

SO-SO:プリクラとスタバがあれば、原宿を表現できるかなと(笑)。もうひとつどうしてもやりたかったのがスタバでのオーダー。実際にお店へ行って、マイクを持って自分で注文しました。ここにメモが残っています(と言って、読み上げる)。「ベンティ・ホット・スターバックスラテ、2パーセント・エクストラミルク・クワッド・ウィズホイップ、バニラシロップ・キャラメルソース」という、カスタム盛り盛りの注文をした声をイントロに使いました(笑)。





「HARAJUKU」


――基本的には、SO-SOさんご自身で録ったフィールド音がベースになっているんですか?

SO-SO:僕自身が録ってきた音もありますし、クリエイティブチームのスタッフの皆さんが、山手線のいろんな駅で本当にさまざまな音を録ってきてくれて。そうした素材に必要なドラムやベース──いわゆる「音楽的な要素」は、僕のビートボックスの音とか、ループステーションに入っているエフェクトで補っていきました。

 それらをすべてDAW(注3)でまとめ、音楽を構築していく。ちなみに、いわゆるソフト音源的なものは一切使っていません。トラックのビートもベースも、全部自分の声で鳴らして、それをループステーションとDAWで組み上げていきました。


――今回使用したループステーション『BOSS RC-505MKII』を相棒と呼んでいますよね。いくつか使ってきた中で、今の機種にたどり着いたのですか?

SO-SO:いや、実は「選んだ」というより、「選ばざるを得なかった」って感じです。というのも、ビートボックスの大会では「『RC-505』を使ってください」というルールがあるんですよ。僕が最初に手に入れたのは初代モデルで、高校生のときに母に頼んで買ってもらいました。それをずっと使ってから、2021年に第二世代の『MKII』に乗り換えました。ルーパーって足で操作するタイプが多いけど、『RC-505』は最初から「卓上型」として設計されているので、僕にとってはめちゃくちゃ使いやすい。もう本当に相棒みたいな存在ですね。






――機能面で、特に気に入っているところはどこですか?

SO-SO:エフェクトの種類の豊富さ。これは他のルーパーと比べても圧倒的だと思っています。「インプットエフェクト」と「トラックエフェクト」の2系統があって、それぞれに最大4つまでエフェクトを重ね掛けできるんですよ。録音前の音に「インプットエフェクト」で4つ、録音後の音に「トラックエフェクト」でさらに4つ、つまり1つの音に最大8個のエフェクトをかけられる。

 しかも「リサンプリング」みたいな機能があり、エフェクトをかけたループを隣のトラックに再録音できる。理論上は無限にエフェクトをかけられるんです。もちろん盛りすぎると処理が追いつかなくなって重くなったりすることもあります(笑)。でも、それも含めて「自由度の高い機材」だと思っていますね。


――ビートボックスの場合は「生音」とエフェクト処理のバランスも重要ですよね。

SO-SO:その通りです。ビートボックスの魅力はやはり「声そのもの」にある。あまりにも加工しすぎると、それはちょっと違うんですよね。声のニュアンスをちゃんと残したうえで、エフェクトに「頼る」んじゃなくて、「活かす」。そういうスタンスで音を作っています。とはいえ、かなり攻めた音もありますけどね(笑)。僕、ディストーション系とかはもう容赦なくかけますから。


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「気合を入れなくても楽しめる音楽」

――「TOKYO」はSO-SOさんが日本語で歌うメロディーも入っていて。リード曲のような存在ですよね。

SO-SO:この曲が日本語詞っていうのも象徴的な要素ですね。メロディー自体はすごく明るいんですけど、歌詞ではちょっと現代の東京に対する風刺的なことを言っている。ただ、決してネガティブなことを伝えたいわけじゃなくて、「現状をじゃあ、どうやって自分たちで変えていけるか?」みたいな視点を大事にしたかった。

 あと<Break the track>というフレーズには、線路(=規律)と音源(=track)というダブルミーニングを込めていて。閉塞感から抜け出すイメージを、すごく強く引っ張ってくれてる言葉だなと思っています。


――日本語で歌詞を書いてみてどうでした?

SO-SO:普段はあまり日本語詞を書かないんですけど、このテーマに関しては日本語じゃないと伝わらないなと思って珍しく挑戦してみました。実際やってみたら意外と楽しくて(笑)。「TAKANAWA GATEWAY」でも少し歌っているんですけど、「TOKYO」を通して、日本語詞での表現の面白さに改めて気づいた感じです。これからは、日本語の曲ももっと増えていくかもしれないですね。





「TAKANAWA GATEWAY」


――この曲はコーラスも印象的ですね。

SO-SO:あれは、 ミュージシャン仲間を家に呼んで録ったんです。サカナクションやRADWIMPSの合唱系の曲を参考にしていて、ああいう「厚みのある」感じを出したくて人数を集め、何テイクも重ね録りしました(笑)。


――「YURAKUCHO」は、アルバムのダイジェスト版のような構成ですよね。

SO-SO:「走馬灯みたいな曲」にしたいと思っていたんです。いろんな駅の音が次々と襲いかかってくるような、サウンドの洪水みたいなイメージで。だから、「TOKYO」から順番に、他の曲の音をちょっとずつ引っ張ってきて構成していきました。

 制作はほんと大変でしたね(笑)。29曲分のステム(注4)を並べて作ったので、素材の量がとんでもないことに……。セッションもめちゃくちゃ重たくなり、ちょっと動かすだけでPCが悲鳴を上げるみたいな。特に「YURAKUCHO」はリリースするギリギリまで作り込みました。 ほんと、よく頑張った なって。

 でも全部作り終えたあと、「YURAKUCHO」から「TOKYO」へつながる流れを通して聴いたときは、さすがに感動しました。「ああ、やっとここまで来たな……」って。


――「YURAKUCHO」は、走馬灯的な構成であると同時に、高架下にある居酒屋のごちゃごちゃした雰囲気も思い出しました。

SO-SO:ああ、なるほど。「混沌とした感じ」っていうのは僕の中にはなかったんですけど、そういうふうに聴いてもらえるのはすごくありがたいですね。聴く人によって、いろんな風景や感情が立ち上がってくるような、想像の余地があるアルバムにはなったと思っています。


――Xでは、「#SOSOSPINSTOKYO」のハッシュタグで感想が投稿されていますよね。

SO-SO:結構、投稿してくださる方がいて本当にありがたいです。このアルバムを軸に、まだまだいろんなことをやっていきたいと思っているんですよ。ライブイベントやグッズ展開、リミックスプロジェクトとか。まだまだ僕の中では終わっていない作品。この先いろんな方にリミックスをお願いしたり、たとえば「山手線―外回りRemix」みたいな企画も面白いかなって。


――次は大阪環状線でも作ってほしいですね。

SO-SO:それはめちゃくちゃ言われます。僕自身、大阪生まれ大阪育ちなのでルーツもありますし、山手線より駅数も少ないですしね。まあ、今年はちょっと勘弁してほしいですけど(笑)、来年以降に機会があれば挑戦したいです。

 電車に乗っていると退屈な時間もあるけど、このアルバムをきっかけに「日常に彩りが生まれた」と言ってもらえるのが一番うれしい。山手線で聴くのがベストではあるけど、車の中で流したり、勉強のBGMとして流したりしても意外とハマるんですよ。スケールやキーもちゃんと設計してあるので、聴き心地もいいはずです。「気合を入れなくても楽しめる音楽」として、自由に楽しんでもらえたら嬉しいですね。


――「都市」と「音楽」の掛け合わせって、これまでも色々な形で試みられてきたと思いますが、今回のプロジェクトを経て、改めてやってみたいことはありますか?

SO-SO:大阪環状線での楽曲制作のお話もそうですが、ファンの皆さんや他のエリアの方々からも、色々なお声はもらいますので、例えばまずは地元と何か一緒に取り組んでみるとかはしたいですね!

 「〇〇といえばこの音!」というイメージがまだない、あらゆるジャンルのものを、「音の記憶」としてプロデュースすることは、これからも積極的にやっていきたいなと思っているので楽しみにしていてほしいです。


※注釈

1)ループステーション:ボーカルや楽器の音を録音し、それをループ再生しながら、さらに重ねて録音や演奏を重ねることで、一人で多重演奏ができる音楽機材のこと。特にBOSSが発売しているRCシリーズが有名。

2)五度圏(Circle of fifths):12の長調と短調を完全五度(5度)の順に円状に並べた図表のこと。長調と短調が組み合わせて表示され、調号の数も一目でわかる。

3)DAW:デジタル・オーディオ・ワークステーションの略称で、作曲・録音・編集・ミックスなど音楽制作をパソコン上で行うためのソフトウェア。多重録音やエフェクト処理、ソフト音源の使用も可能。

4)ステム:曲を構成する各パート(例えばボーカル、ドラム、ベースなど)を個別のオーディオファイルとしてまとめたデータのこと。


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